読書はすごい。読書はヤバい。何がすごいかって、本には一人の人間が千年、一万年生きても考え付かないことや経験できないことがたくさん書いてある。普通に生きていたら絶対に知ることができない世界のことを知ることができる。
僕たちが生きているこの世界を便宜上100%としよう。僕たちが見える範囲を便宜上0.1%ぐらいだとする。その0.1%の世界とは経験によって知ることができる世界である。具体的には学校で教わったことや、テレビから流れるニュースや、自分が経験してきたことであり、その目に見える世界が0.1%である。残りの99.9%は知ろうと思わなければ知ることできない世界だ。世界は100%で出来ているのに僕らが知っているのは0.1%であり、さらに0.1%しか見えていないことを知らない。まだ99.9%の世界が存在することを知らない。世界を100%知ることなんて絶対に不可能ではあるが、読書は99.9%の知らない世界を知るための大きな助けとなる。
色んなジャンルの本をたくさん読めば知識が蓄積されていく。初めは「点」の知識として脳内で知識と知識のつながりが薄いかもしれないが、読めば読むほど知識と知識がリンクしはじめ、やがてそれは「線」の知識となり、そして「面」の知識となり、最後は「面の集合体」の知識となる。面の集合体となった知識のネットワークから多様な思考を生み出すことが可能になる。
本を読めば読むほど知らない世界を知り、考えに多様性が生まれ、思考力が深まっていく。自らの力で考えて生きていける。本を読まなければ見えない世界に思いを馳せることはない。世界が広がることはなく、ただ目の前に見える世界を真に受けて、興味を持つこともなく、疑うこともなく「そうなんだ〜」と思って生きていく。「景気が悪い」「政治家が悪い」「少子化は政府が悪い」など上っ面のことだけしか思い浮かばないまま生きていく。景気とは何かも考えないままに。
思考の力を育むためには知識が必要だ。下の4パターンを検討してみる。
1.知識があるし、考えることもできる。
2.知識はあるが、考えることはできない。
3.知識はないが、考えることはできる。
4.知識はないし、考えることもできない。
1はその通りで妥当。2は知識があれば同時に考えることも出来そうな気はする。3は知識が無くても考えたつもりになることは出来そう。だが土台がなく薄っぺらい考えになりそう。(知識がなくても、多くの経験があれば十分の補えることはあると思う。)4はその通りで妥当である。
知識が無ければ何も考えられないか考えても薄っぺらいが、知識があれば深く考えることができる。「思考の力≒知的好奇心≒読書」ということになる。やっぱり読書はすごい。