蟻の社会科学

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【94冊目】ケーキの切れない非行少年たち 宮口幸治

 本書は児童精神科医の著者が医療少年院で多くの非行少年と出会い、そこで得た知見をベースに、非行少年の認知能力の実態や、認知能力の改善を目指したトレーニングなどの内容で構成されている。
 本書でまず示されているのが、かなり多くの割合の非行少年が認知機能に一定の困難を抱えているという点である。「ケーキが切れない非行少年たち」とタイトルにもなっているが、ケーキを三等分するよう指示すると、ベンツのマークのように120℃角で三等分するということが出来ない。直線で三等分したり、まず二等分してからそれをまた二等分してしまったりする。このような少年たちはそもそも人が言っていることが理解出来なかったり、自分が行った行為が悪いことだという認識を持つことが出来なかったり、人を殺したにもかかわらず「自分は優しい人間だ」という認識を持っていたりもする。非行少年の更生という問題を考えるときに重要になってくるのが、このように「非行少年が問題自体を認識できていない状態」であること、著者の言葉を借りれば「反省以前の問題」が存在していることを認識することが重要になるだろう。
 第三章では非行少年に共通する特徴が書かれている。
・認知機能の弱さ・・・見たり聞いたり想像する力が弱い
・感情統制の弱さ・・・感情をコントロールするのが苦手。すぐにキレる。
・融通の利かなさ・・・なんでも思い付きでやってしまう。予想外のことに弱い。
・不適切な自己評価・・・自分の問題点がわからない。自信があり過ぎる、なさ過ぎる。
・対人スキルの乏しさ・・・人とのコミュニケーションが苦手。
(+身体的不器用さ・・・力加減が出来ない、体の使い方が不器用)
私は趣味で認知科学という学問を少し勉強しているが、上記の非行少年の特徴のかなりの部分が、人間の認知機能の通称「システム1(感情的で速い思考)」と呼ばれる部分と重なっているように思われる。上記の特徴は全ての人間が持っているものではあるが、それをどこまで制御できるかが、総合的な認知能力になるのではないか。通常の人(という呼称が適当かどうかはわからないが)であれば、上記の特徴を日常生活を送るうえで問題のない程度に制御できるが、非行少年はこれらを制御することが出来ずに困難な状況を作り出してしまい、最終的には犯罪という所まで行きついてしまうのだろう。
 非行少年に対して、思考のゆがみをメタ認知して矯正を目指す「認知行動療法」が試みられることも多いらしいが、認知行動療法は「認知機能が正常」という前提がなければ効果が薄いようだ。前述のとおり非行少年は認知機能自体が弱いことが多いので、「問題を認識し、改善する」ということ自体が難しいことも多い。
 そこで著者が提案するのが「認知機能の向上」を目指したトレーニングである「コグトレ」である。詳細に関しては本書を参考にしていただきたいが、これは「写す」「覚える」「見つける」「想像する」などの認知機能の基礎訓練を行うことで、認知機能の最も根幹を構成する部分を強化することを目的としている。これは従来の勉強とは違い、人間の思考の根幹をなす「因果関係の把握」や「短期記憶」や「メタ認知能力」を高める可能性がある非常に素晴らしいトレーニングではないかと思う。
 非行少年にいくら正論を投げかけても効果がないことも多いかもしれないが、必ずしも彼らが全て悪いとも言えないのではないか。彼らが犯罪を行う背景にあるのは、彼らが持つハンディキャップに由来しているものも多いのではないか。彼らが行った犯罪というものを決して擁護するわけではないが、その背景には認知機能の不全という生理的な要因が存在する可能性を十分に考える必要があるのではないかと思う。人間の「理性」の無謬性を盲信するだけではなく、人間の「理性の限界」を認識することもまた重要なのではないか。また、これらの機能不全を補うための著者が提唱する「コグトレ」は素晴らしいトレーニングである。この「コグトレ」が普及することを願って止まない。

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