本書は主にマクロ経済を主題としており、マクロ経済にまつわる様々なテーマを論じている。私はリーマンショックで経済に興味を持ち、経済に関する本を多少は読んできたが、本書は今まで読んだ経済の本の中でも恐らくナンバーワンの出色である。
「経済学者が100人いれば100通りの学説がある。」という言葉が示すように、経済学は掴みどころも答えもない学問と言えるかもしれない。マクロ経済学を静的で定量的な数理モデルだけで理解することは難しいと思う。なぜならマクロ経済学は、社会学や社会心理学や歴史学などとも広範囲でクロスオーバーしていて、他分野と重なり合う学際的な部分に関しては動的で定性的な概念モデルを駆使しないことには理解が難しいからである。マクロ経済学の中にニュートン力学のような静的な絶対的な法則を見出すことは難しく、常に変化し続ける動的な世界を後付けで理論化していく社会科学の宿命を背負った学問でもある。
しかし、かなり抽象的なレベルではマクロ経済学の中に根源的で普遍的な法則の存在を見出すことも可能である。本書は長沼氏がマクロ経済のその根源的な法則を概念モデルを中心とした多様な表現で、経済のことを知らない人でもわかりやすく記述している。
まず、アナロジー(例え話)を用いたモデルによる説明がとてつもなくわかりやすい。第一章の「資本主義はなぜ止まれないのか」においては「Y(国民所得)=C(消費)+I(投資)」というマクロ経済の根源的モデルを様々なアナロジーを用いて解説している。また第6章においては、これもマクロ経済の根源である「信用創造」を巧妙なアナロジーを用いて説明している。その他にも、「貿易」「ケインズ経済学」など経済学の根幹をとても分かりやすいアナロジーで説明している。
そして最終章では資本主義の矛盾と今後の世界について、物理学のアナロジーを用いた重層的な思想を展開している。アダムスミス以来、欲望のままに利己的に生きることが社会に最大幸福をもたらすという「古典的な合理的経済人」が作り出したこのディストピアを「縮退」という概念を用いて鋭く分析している。もちろん、資本主義の矛盾と今後の世界についての答えなどすぐに出るものではないが、本書を読むことでその答えを見つけるための扉がほんの少し開くのではないだろうか。
著者は経済学の専門家ではなく、数学物理の専門家である。本書を経済学の専門家が読めば突っ込みどころがたくさんあるのかもしれない。しかし、そのようなことは枝葉末節で些末なことではないかと思う。経済学をこれほどわかりやすく表した仕事に賛辞を送りたい。