〜ヘブライ信仰と近代資本主義について〜
言わずと知れた社会科学の巨人、宗教社会学者マックス・ヴェーバーの主著「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」。本書を材料に現在の金融資本主義を軽く考察してみます。
本書は学生時代に買いましたが、その時は数ページ読んだだけで放り投げましたw 近年何度か読み返しましたがやっぱり難しい。ラインハルト・ベンディクスは「マックス・ヴェーバーは研究を始めて25年目ぐらいで少し理解できるようになる。」との言葉を残したそうです。それぐらいマックス・ヴェーバーは難しい。本書と解説書を往復してようやくエッセンスだけは理解できたような気がします。
近代資本主義の精神が生まれた背景を本書では恐ろしいほど詳細に記述しています。近世西欧社会では
「教会という媒体を通じて愛に溢れる優しい神様をみんなでのんびりと信仰する伝統的なカトリックの宗教社会」
から宗教改革を経て
「教会という媒体を通さず、絶対的存在である厳格な神様と、ほぼマンツーマンで対峙するプロテスタンティズムの厳格な宗教社会」
が一部の西洋で生まれました。さらにカルヴァン派の「神は人が地獄に落ちるかどうかは既に決めている!自分が天国へ行くか、地獄に落ちるかどうかを確認する手段は、即ち、神の祝福を確認する手段は労働だけだ!」との恐ろしいほど厳格で無慈悲な教義が生まれました。
皆でのんびりと優しい神様を信仰して暮らしていた社会から、たった一人で厳格な神様の前に放り出される社会への変遷。その社会の変遷が、人を合理的でロボットのような労働に駆り立てて、さらに質素で倹約した生活を送ることにより資本が蓄積され、その蓄積された資本が近代資本主義を勃興させた。と本書のエッセンスを適当に端折って要約してみました。
話は変わりますが、昨今の金融危機で代表されるように「プロテスタンティズムを源泉とする、合理的労働と資本の蓄積を是とする近代資本主義」が何か危うい存在になってきているような気がします。旧約聖書では「労働=原罪」との観念があります。労働などは奴隷がやるものだとの観念が存在していました。そして旧約聖書とユダヤ人は強い親和性を持っています。近年の金融危機は国際金融機関が深く携わっていますが、国際金融機関はユダヤ系の影響力が強いと言われています。
それを踏まえて考えると、ユダヤ系が強い影響力を持つとされる国際金融機関を主体とする現在の「金融資本主義(金で金を稼ぐ資本主義)」は「労働=原罪、労働は奴隷がやるもの」と原点回帰してしまったのかも知れません。そして宗教改革、カルヴァン派を原点とする「近代資本主義」を破壊して、飲み込んでしまったのでしょうか。即ち、宗教改革のカルヴァン派の教義から生まれた近代資本主義の精神は旧約聖書の精神まで逆戻りしてしまったのかも知れないな〜となんとなく思います。

- 作者: マックスヴェーバー,大塚久雄
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1989/01/17
- メディア: 文庫
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