蟻の社会科学

自由に生きるため、この世界を知ることを目的としたブログです。ビッグヒストリーを縦軸にリベラルアーツを横軸にシステム思考を最適化ツールとして。興味を持った方はガイドラインからどうぞ。

欧州債務危機 その1〜そしてリセッション〜

 最近は社会科学ブログから個人的日記ブログになってしまっていたが、久しぶりに社会科学の記事を書いてみよう。

 ギリシャの財政危機と世界経済のリセッションのニュースを毎日、目にします。このニュースを聞くと現在のグローバル金融資本主義の中では国家さえも民間企業と同等のポジションに成り下がってしまったのかと思います。ギリシャという国家がデフォルトすることによりギリシャ国民の生活が毀損されることが問題でなのではなく、ギリシャ国債保有しているヨーロッパの金融機関のバランスシートが傷むことにより、世界経済が揺らぐことが問題視されている現状を考えると、国家とはもはや国家ではなくデジタルなグローバル金融資本主義に組み込まれた「一つの企業」でしかなくなってしまったと思わざるを得ません。ギリシャの財政危機から端を発した世界経済の危機は「ギリシャの放漫財政が原因だ。」という単純な話ではないので、非常に病巣は深いと思います。
 そもそも、グローバル経済の主役を担う国際金融機関が、リーマンショックのときには信用が低いサブプライムローンを大量に保有し、また今回は問題視されている危ないギリシャ国債を多く保有しているのか? その理由は結局のところ、金融機関はそういう危ない債券を買う以外に利ざやを稼ぐ術がなかったということになるのではないかと思います。資本主義のエンジンである金融機関は金利で稼ぐ以外に存在する手段がありません。その金融機関はもはやこの飽和した市場では貸し出す相手が存在しないので、サブプライムローンを購入したり、どこかの国債を購入する以外、利ざやを稼ぐ術がないのではないだろうか。サブプライム債券を購入したり、国債を購入して一時的に利ざやを稼いでいましたが、その無理矛盾が今現在一気に噴出しているのではないでしょうか。
 国際業務を行う銀行の自己資本比率に関する国際統一基準であるBIS規制、バーゼル合意では国債はノーリスクの投資先とされています。飽和した市場の中で行き場を失ったマネーは利ざやを稼ぐために短期的に、必然的にノーリスクとされている国債に集中していくと思います。しかしその国債バブルもやがて限界が訪れ、通常債権とされていた国債不良債権化となった瞬間に国債保有している金融機関のバランスシートは毀損され、金融危機が訪れるという構造なのではないでしょうか。
 巨額の借金を抱える日本政府の国債が高値で買われているという現状も日本政府に信用があるわけではなく、結局のところ日本の金融機関が国債を買う以外に利ざやを稼ぐ手段を持ち合わせていないが故に日本国債を購入し、日本国債が高値で取引されているという構造だと思います。ある日、日本国債の買い手がいなくなり、日銀だけが日本国債の買い手となってしまったときに一体どのような状況になるのかは今のギリシャショックが示唆していると思えます。