蟻の社会科学

自由に生きるため、この世界を知ることを目的としたブログです。ビッグヒストリーを縦軸に、リベラルアーツを横軸に、システム思考を最適化ツールとして。興味を持った方はガイドラインからどうぞ。email:arinkoblog@gmail.com

現実 ⇔ コンテキスト ⇔ モデル ⇔ コード

 2022年2月15日に ガイドライン~情報と人間~ という記事を書き始めたが、テーマが大きすぎるのと、目次を書いただけである程度満足したので(笑)その続きをほとんど書けていない。しかし、「社会、教育、情報、認知、人間」というテーマはこれからもこのブログの主要課題であり続けるので、今日もそこらへんについて取り留めなく書きたいと思う。


 人間はAI(コンピューター)を圧倒する超強力な帰納推論マシンである(≒強いAI)。帰納推論とは複数の情報を統合して、物事の妥当性や蓋然性を判断することと言えばいいだろうか。近年ではAIの目覚ましい進歩により、ビッグデータを用いてコンピューターも部分的に帰納推論を行えるようになってきたが(≒弱いAI)、あくまで部分的であり、人間のように「森羅万象が流動的に変化している世界の大量の情報を、リアルタイムで超高速で統合して目的を持って行動する能力」は持っていない。シンギュラリティが2045年に訪れて、AIが人間を超えるとも言われているが、人間のような超強力な帰納推論を行えるようになるかは個人的には疑問である。(帰納推論については「フレーム問題」が参考になる。)
 一方でコンピューターは人間を圧倒する超強力な演繹マシンである。演繹とは、順番に処理すること、とここでは定義しよう。コンピューターの演繹能力はすさまじい。「0と1」に変換された情報を、毎秒数億回~数京回計算することが出来るコンピューターのすさまじさは、もはや説明いらないだろう。一方の人間の演繹能力はとても低く、断片的に順不同でものを考えがちである。
 現代社会はIT化により、価値のある情報も増える一方で、それをはるかに上回る量の無意味な情報も氾濫している。そんなゴミのような情報があふれる社会を否応なく生きていかなければいけない現代では、人間とコンピューターのハイブリッドな能力が必要となる。人間の帰納推論の能力を活用して大量の情報を取捨選択し、コンピューターの演繹能力(IT、情報技術)を活用してどんどん情報を処理していくことが重要となってくる。


 しかし、先日の中小零細企業とDXという記事でも書いたが、社会の中でITを必ずしも活用できているとは言えない場面も見受けられる。その原因の一つとしては、人間とITの間にある灰色の部分がうまく認識されていないという点ではないかと考えている。
図①
図②

 人間とITの間にある灰色の部分とは、図②「現実世界とコード」の中間にある「コンテキスト」や「モデル」の部分である。「コンテキスト」「モデル」を簡単に説明すると、現実世界を言葉や図解で切り取って写像したものと言えばいいだろうか。「コンテキスト」や「モデル」という概念をそもそも認識できておらず、現実世界を自然言語(コード、言葉)や図解(モデル)によって適切に表現出来ていないことが、ITをうまく活用できていない原因の一つではないか。現実世界とITの中間にある灰色の部分をうまく認識できていないことにより「ITを無視して、人間の脳だけで情報を処理しようとする。」または「人間を無視して、ITありきで手段が目的化し、非現実的なDXやAIやIOTを導入しようとする。」という偏った事態が多々発生しているかもしれない。

図③

 効率的に情報処理を行うためには、図②のコンテキストやモデルに当たる中間部分の存在を認識し、その中間部分を自然言語(コード、言葉)と図解(モデル)を用いて整理することが、まず何より重要なのではないかと考えている。(図④参照)そうすることで人間とITの橋渡しがよりスムーズにいくのではないだろうか。この「モデル」の部分の重要性を認識し、共有する必要があるのではないか。

図④

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