蟻の社会科学

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フレーム問題と教育

フレーム問題wikipediaより一部抜粋)
フレーム問題(フレームもんだい、(英: frame problem)とは、人工知能における重要な難問の一つで、有限の情報処理能力しかないロボットには、現実に起こりうる問題全てに対処することができないことを示すものである。

概要
 現実世界で人工知能が、たとえば「マクドナルドでハンバーガーを買え」のような問題を解くことを要求されたとする。現実世界では無数の出来事が起きる可能性があるが、そのほとんどは当面の問題と関係ない。人工知能は起こりうる出来事の中から、「マクドナルドのハンバーガーを買う」に関連することだけを振るい分けて抽出し、それ以外の事柄に関して当面無視して思考しなければならない。全てを考慮すると無限の時間がかかってしまうからである。つまり、枠(フレーム)を作って、その枠の中だけで思考する。
 だが、一つの可能性が当面の問題と関係するかどうかをどれだけ高速のコンピュータで評価しても、振るい分けをしなければならない可能性が無数にあるため、抽出する段階で無限の時間がかかってしまう。これがフレーム問題である。
 あらかじめフレームを複数定義しておき、状況に応じて適切なフレームを選択して使えば解決できるように思えるが、どのフレームを現在の状況に適用すべきか評価する時点で同じ問題が発生する。

フレーム問題の例
 哲学者ダニエル・デネットが論文で示した例を挙げて説明する。
 状況として、洞窟の中にロボットを動かすバッテリーがあり、その上に時限爆弾が仕掛けられている。このままでは爆弾が爆発してバッテリーが破壊され、ロボットはバッテリー交換ができなくなってしまうので、洞窟の中からバッテリーを取り出してこなくてはならない。ロボットは、「洞窟からバッテリーを取り出してくること」を指示された。
 人工知能ロボット1号機R1は、うまくプログラムされていたため、洞窟に入って無事にバッテリーを取り出すことができた。しかし、R1はバッテリーの上に爆弾が載っていることには気づいていたが、バッテリーを運ぶと爆弾も一緒に運び出してしまうことに気づかなかったため、洞窟から出た後に爆弾が爆発してしまった。これはR1が、バッテリーを取り出すという目的については理解していたが、それによって副次的に発生する事項(バッテリーを取り出すと爆弾も同時に運んでしまうこと)について理解していなかったのが原因である。
 そこで、目的を遂行するにあたって副次的に発生する事項も考慮する人工知能ロボット2号機R1-D1を開発した。しかしR1-D1は、洞窟に入ってバッテリーの前に来たところで動作しなくなり、そのまま時限爆弾が作動して吹っ飛んでしまった。R1-D1は、バッテリーの前で「このバッテリーを動かすと上にのった爆弾は爆発しないかどうか」「バッテリーを動かす前に爆弾を移動させないといけないか」「爆弾を動かそうとすると、天井が落ちてきたりしないか」「爆弾に近づくと壁の色が変わったりしないか」などなど、副次的に発生しうるあらゆる事項を考え始めてしまい、無限に思考し続けてしまったのである。これは、副次的に発生しうる事項というのが無限にあり、それら全てを考慮するには無限の計算時間を必要とするからである。ただ、副次的に発生する事項といっても、「壁の色が変わったりしないか」などというのは、通常、考慮する必要がない。
 そこで、目的を遂行するにあたって無関係な事項は考慮しないように改良した人工知能ロボット3号機R2-D1を開発した。しかし今度は、R2-D1は洞窟に入る前に動作しなくなった。R2-D1は洞窟に入る前に、目的と無関係な事項を全て洗い出そうとして、無限に思考し続けてしまったのである。これは、目的と無関係な事項というのも無限にあるため、それら全てを考慮するには無限の計算時間を必要とするからである。事程左様に、人間のように判断することができるロボットR2-D2を作るのは難しい。

 上記のフレーム問題は人工知能における問題として知られているが、そのまま教育の問題として考えることも可能ではないだろうか。

「学校で学んだことは社会に出てから役に立たない。」
「勉強ができても仕事ができるとは限らない。」

などという言葉は耳にタコができるぐらいよく聞く。なぜ学校で学んだことが社会に出てから役に立たないと言われるのだろうか。それはどれだけ学校で正解を暗記したとしても、その硬直的な正解が「変化し続け、無限の選択肢が存在する現実社会」の中でそのまま適用できる場面があまり多くないからである。
 考えるという行為は「事象の外延や輪郭を確定しフレームを作り出し、その範囲の中のほぼ無限の選択肢の中から必要なことだけを取捨選択する。」ということが中核部分になってくる。社会で必要な能力は「正解を暗記する能力」ではなく、この考える力であり、「現実社会の中で無限の選択肢から能動的に最適解を取捨選択して組み合わせる能力」なのである。
 以前の記事で書いた「内発的動機」や「形式陶冶」と合わせて、このフレーム問題も教育を考えるための重要なモデルであると思う。

参考記事
人間の思考を最小のモデルで表現することを試みる
あなたは私を地球人だと思っている~帰納推論と蓋然性~
内発的動機と形式陶冶(学習転移)

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