蟻の社会科学

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【96冊目】縁食論 孤食と共食のあいだ 藤原辰史

縁食論

縁食論

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 本書は京都大学教授で農業史、食の思想史を専門とする藤原さんの食に関するゆるめのエッセイ集です。「食」を根源的テーマとして、「食」というコンテキストに含まれる人と人との様々なゆるい関係性を「縁食」と名付け、縁食という概念を通して現代社会の人間関係の希薄性や市場原理を批判的に描き出しています。
 衣食住のうち、衣と住は無くてもすぐに死ぬことはありませんが、食は生命に直結するまさに命の源と言えるものです。原始時代より人々は火を囲み、共に命の源である食事を取ることで、同じコミュニティの人々と時間と空間を共有し、縁を紡ぎ、社会を作り続けてきました。食事というものは、個人にとっての生命の源であり、また社会にとっては縁とコミュニティを紡ぎだすための一つの儀式であり、装置としての役割を持っています。このように個人と社会を支える根源的な物質である食糧というものは、安価で提供されて然るべき一種の公共財と考えることもできるかと思います。
 公共財のような性質を持つ食糧ではありますが、現代の市場原理が支配する経済においては公共財のような性質は消え失せて、オートメーション化された食糧の供給システムの中で、毎日有り余るほどの食料が作られ、また廃棄され、金銭で売買される消費財としての性質しか持たなくなりつつあります。市場原理が限界まで浸透して格差がどんどん開いていく現代社会においては、大飢饉などで食料が市場から枯渇したわけではなく、決して食べるものがないわけではないにも関わらず、子ども食堂やフードバンクなどの支援を受けることでようやく食事にありつくことが出来るような人が増えつつあります。(決して食に関する産業を批判しているわけではありません。このような構造は食に関する産業だけの問題ではなく、現代社会が持つ構造的な問題です。)
 著者の視点は、行き過ぎた近代化によって、社会から孤立し、食事という最低限のサービスにすらありつくことが出来ない人々が増加する社会をいかに支えるかになるかと思います。「縁食」というゆるい柔らかな概念の基に、子ども食堂や無料食堂などのサービスを用いたり、食を基に「縁」を紡ぎだす活動を通じてどのようにして支援していくのかということになるかと思います。
自分の魂を鍛え、キャリアアップをし、社会に貢献するという自立した近代市民モデルではなく、不完全であることを前提に同質化圧力の弱い場所に漂い、偶然性に身を任せ、お互いにある部分を依存し合いながら、乗り越えられそうだったらチャレンジしてみて、無理だったら投げる。場合によっては投げたものを誰かが拾う。誰か、とは、自分のやや苦手な人物である可能性もある。強い心を持ち、チャレンジ精神を忘れない「近代市民」からすれば、なんとも情けない受け身の乗り越え方かもしれないが、自立的発展に疲れた人間には、この偶発的な展開はそれほど負担がない合理的な展開なのかもしれない。
P141 第4章 縁食のにぎわい より引用


 このブログは「近代化とアトミズム」を一つの主題しています。近代化が持つ合理性という力が、人と人との関係性を全て数字という空疎なものに変換してしまい、やがて人々は寄る辺を無くしたアトム(原子)のように社会を漂う、という過去の思想家たちの不吉な予言が体現されつつある現在の日本社会において、本書が指し示す方向性は非常に共感できるものがありました。
 「食」という人間にとって最も基本的な行為からのレンズを通して、現代社会を柔らかく見つめる文体の中に、著者の非常に深い洞察を感じれらます。

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