蟻の社会科学

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灰色の世界と認識の有限性

 そもそも、世界は始まりも終わりもなく、白も黒もない灰色の世界であるが、人間は灰色を認識することが苦手である。灰色の世界を自分の好きな範囲だけ切り取って、白か黒か論じている。その切り取った部分には部分的には白っぽい部分も黒っぽい部分も含まれている。しかし、白(と思い込んでいる)に黒っぽい部分が含まれていたら間違っていると考えて、黒(と思い込んでいる)に白っぽい部分が含まれていたら間違っていると考える。自分で好きな範囲だけ切り取って白(または黒)と決めつけた世界は、実は灰色であり、その灰色は均質ではなく白っぽい部分も黒っぽい部分も含まれている、ということを認識することは結構難しい。
 この世界はとてつもなく大きくて、一人の人間が得られる知識はとても少ない。どんなに頑張ったところで知っていることより知らないことの方が圧倒的に多い。無知であること、それは全ての人間が避けることが出来ない運命である。そして、その限られた知識に基づいた「モノの見方」は、物事のほんの一側面を部分的に見ているに過ぎない。
 しかし、この事実を認識することもとても難しい。なぜなら僕たちはこの灰色の世界の中で、その限られた知識だけを頼りに毎日を生きているからである。その限られた知識を信じる以外にはほかに何も信じるものはない。もし、この世界が灰色で、しかもその一側面しか見えていないという事実を知ってしまい、その事実を認めてしまったら、一体何を寄る辺に生きていけばいいのだろうか。そんな不安定な世界を認めるぐらいなら、自分の限られた知識に基づいて物事のほんの一側面を部分的に見て、白か黒か決めつける方がずっと安らかに生きていける。
 安らかな世界に居続けられるなら居続けたいが、世界はこちらの願望など無視してどんどん変化していく。白と思っていたものが黒に変化したり、その逆もまた然り。もともと世界は灰色なのだから、すぐに白っぽくも黒っぽくも変化する。そんな世界の中で生きている僕たちは、この世界の全てを知ることも、この世界を変えることも決して出来ない。しかし、僕たちは自らの認識や世界観を変えていくことは出来る。常に新しい知識に更新しながら、この世界に対する認識を変えていくことが出来る。それこそが人が持つ強さなのだろう。


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