蟻の社会科学

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【83冊目】中世の覚醒 アリストテレス再発見から知の革命へ リチャード・E・ルーベンスタイン

 古代ギリシャの哲学者で「万学の祖」と呼ばれるアリストテレス。中世の西洋においてはアリストテレスの著作は既に失われており、わずかな著作が伝わるだけだった。しかし、別のルートでアリストテレスの哲学はイスラム社会に伝わり、イスラム学者によって編纂されたアリストテレスの著作が大量に残されていた。11世紀のレコンキスタによってスペインからイスラム教徒を追い出したキリスト教徒は、スペインの地でイスラム教徒が残した伝説の哲学者アリストテレスの著作群と出会うこととなる。その出会いの衝撃の大きさが、いかに当時のキリスト教と社会を変えていき、ルネサンスという近代の嚆矢となったか。そのプロセスの全貌を中世のキリスト教やスコラ哲学等を中心に、古代ギリシャから科学革命まで2000年のスケールで描き出した大作。
 中世の西洋においてその世界観を決定していたのは言うまでもなく、キリスト教と教会が提供する世界観であった。それは「神と神の国」という現実社会からは決して知ることが出来ない形而上の世界をいかに信仰し、死後の幸福へ至るかという、正に「宗教」であった。かたやアリストテレスの世界観とは自然科学、社会科学、人文科学を縦横無尽に横断し、形而下の現実社会を正確に記述していくという、まさに「理性と科学」である。
 宗教や信仰心と、科学や理性というのは基本的には相反する面があり、互いに融和させるということは難しい側面がある。中世のキリスト教の革新的な学者たちは、その難しい問題にアリストテレスの哲学を通して真正面から向き合い、宗教と科学が相反することなく両立することの証明に情熱を燃やした。保守的なカトリック教会の世界観と、理性と論理によって科学的な価値観を宗教に取り入れ構成しようとする革新的なキリスト教の学者たちの押しつ押されつの物語の中に、現代社会へ続く科学革命の基礎が胚胎していたことを理解することが出来る。
 著者のルーベンスタインは「国際的な紛争の解決」の研究者である。現代の様々な問題を解決するための方法を考える際に、上記の信仰と科学の調和についての物語が参考になると考えているようだ。そして、それを考える際には「万学の祖」アリストテレスのような様々な分野を横断する思考様式、いわばリベラルアーツが有用であると考えているようで、その点に関しては非常に共感することが出来た。古代ギリシャと現代の間にある中世という混沌の世界がどのようにして、古代と現代の橋渡しをしたのか。そのプロセスの中にある信仰と理性の物語を知るために本書は非常に参考になる。
 最後に私の考えを少し書いておこう。私たちも一種の「宗教」の中で生きている。その宗教は産業革命から始まり、現代ではほぼ世界中を支配している「経済成長」という名の宗教である。私は決して「経済成長」を否定するような左寄りの思想は持っていない(つもりである)。経済が良くなることに何一つ文句などないし、そのための努力を惜しむべきではないだろう。しかし、永遠に経済成長し続けることは可能だろうかと考えることもある。
 未来のことなんて私には全くわからないが、「宗教」と「理性」の弁証法はこれからも続いていくのだろう。その時に重要になるのは、きっとアリストテレス的な思考様式なのだと思う。

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