
- 作者:三浦 綾子
- 発売日: 2012/08/25
- メディア: 文庫
江戸時代末期に、現在の愛知県からアメリカのシアトル近郊まで漂流した音吉達(おときち)の数奇な運命を描いた小説。
1832年、千石船宝順丸は乗組員13名を乗せて江戸に向けて出港したが、遠州灘で嵐に会いそのまま太平洋へと漂流する。14か月の過酷な漂流の後、現在のシアトルの近くに流れ着いた音吉達だが、13名いた船員たちは壊血病などで次々に亡くなり、生きていたのは 音吉 久吉 岩吉だけの3名だった。
現地のインディアンの奴隷として過ごした後、北米を中心に活動していたイギリスのハドソン湾会社によって救い出され、善意により音吉達は日本へ送り届けられることとなった。前述の漂流のプロセスと、救い出された後、バンクーバー、ホーン岬、イギリス、喜望峰、マカオを経由して5年かけて日本へ向かうプロセスが構成の中心となっている。そしてそのプロセスを通して本書の根底に流れるのテーマは「キリスト教」「強い望郷の思い」である。
キリスト教が禁止されていた江戸時代に生まれた音吉達は日本へ帰る旅の中で、ことあるごとにキリスト教へ触れることとなった。キリスト教が邪教と言われていた時代に生まれた音吉達の心に植え付けられたキリスト教への恐れと、旅の中で触れるキリスト教徒の心からの善意との間で、音吉達はキリスト教が本当に邪教なのかという葛藤を覚える。敬虔なクリスチャンである作者は押し付けることなく、この音吉達の揺れ動く葛藤を通してキリスト教の本質を読者に伝えようとしている。
また本作のもう一つの根底をなす音吉達の望郷の思いは同情なくしては読むことが出来ない。ただ故郷のことだけを思い音吉達は数年を過ごした。ようやく日本へ到着し上陸しようとした音吉達が乗ったモリソン号だが、当時の江戸幕府の鎖国政策により大筒により砲撃され、接岸することなく立ち去るしかなかった。そこで本作は終わるのだが、作中で繰り返されてきた音吉達の強い望郷の思いと、江戸幕府から砲撃され立ち去るしかなかった状況であっさりと終わらせたこととの対比により、読後の寂寥感を強く感じることが出来た。