田舎の出生率はなぜ高いのか?
この画像はこのブログで3回目ぐらいの登場の画像です。この画像を見たところ都会は出生率が低く(特に太平洋ベルト地帯)、地方は出生率が高い。とは言え目糞鼻糞ぐらいの違いでしかありませんが。目糞鼻糞でも、田舎の出生率はなぜ都会より高いのかを考えてみよう。
俺が東京からUターンして田舎に帰ったときに思ったのが「同年代の友人達が家族を築いていく・・・。」東京で働いていた時は「俺もいつかは結婚して子供とか作るのかなぁ・・?」なんて思っていましたが、現実には全くそんな実感がありませんでした。日々の生活に精一杯で、家族を持つなんてさほど実感はありませんでした。回りの20代後半〜30代の男も独身の方が多かったような気がしますし、結婚して子供を持った友達や同僚に対して「お〜すごい覚悟だなぁ・・・」とさえ思っていました。ところが田舎へUターンしてみると、同年代の人たちは当たり前のように結婚して子供を持っていて一戸建てなどを建てています。
上記の内容は、俺という人間の小さな実体験による実感でしかありません。それでも実際に都会より地方の方が出生率が高いのは事実であり、それは何故なのだろうか?ある俗説によると「田舎はやることが無いから結婚して子供を産む。」という考え方も存在します。それは一つの観点から考えると確かな事実ではあると思います。または経済的視点から、田舎と都会のライフワークバランスから考えることも出来ると思います。しかし「田舎はやることが無いから結婚して子供を産む」「都会より田舎のほうが子育て環境がいい」という考えは表面的過ぎて、つまらな過ぎるので人のアイデンティティという根源的な観点から考えてみる。
「田舎の出生率は何故高いのか?」という命題に対して俺の答えは「田舎の空気」が一番の要因だろうと思います。「空気」と言っても「田舎の空気は都会より澄んでいる。」と言う意味ではなく、「雰囲気」と言うことです。
田舎というのは江戸時代から食糧の供給源であり、食糧を作るための労働力が必要なため多産傾向でした。その田舎の多産傾向の雰囲気が現代まで何かしら残っているのだろうと思います。「ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃん」→「おじいちゃん、おばあちゃん」→「お父さん、お母さん」のアイデンティティの中に「結婚して子供を産むのは当たり前!」という考え方が脈々と根付いており、その考え方に知らず知らずに影響を受けた人がたくさんいるのが田舎です。故に田舎には「結婚して子供を産むのは当たり前!」という雰囲気が今でも残っている。その雰囲気が田舎の人のアイデンティティに深く食い込んでいるからこそ田舎の出生率は高いのだと思います。