蟻の社会科学

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第20章 前頭葉

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 この章では脳の前方に位置する前頭葉前頭前野)の概要について検討したいと思います。二重過程モデルのシステム2についての、さらに詳細な説明となります。
 前頭葉はシステム2の最高意思決定機関であり、システム0、システム1から発生する思考を統率する脳の中央指令部です。オーケストラの指揮者、大統領、社長などのアナロジーでよく例えられます。
 
・オーケストラの指揮者(前頭葉、システム2)と演奏者達(システム0、1)
・大統領(前頭葉、システム2)と行政機関の一般職員(システム0、1)
・会社の社長、取締役会(前頭葉、システム2)と社員(システム0、1)

 前頭葉は20世紀の中盤~後半までは沈黙の脳とも呼ばれ、機能がいまいち不明でした。と言うのも、前頭葉を損傷したり手術で切除しても、一定の認知機能は保たれ、話したり、記憶したり、計算したり、認識したりすることは可能なので、前頭葉が持つ機能が何なのか正確には特定されていませんでした。(精神疾患を治療するという名目で、機能がよくわからない前頭葉をとりあえず切除してみようというロボトミー手術が20世紀の中盤まで世界中で行われていました。)
 その後、前頭葉が持つ複雑な機能が解明されました。上記のモデル図を見てのとおり、前頭葉は複数の機能を同時にこなしています。「全体像を想像し、目標を立て、計画に沿って認知技能を調整しながら実行し、その後検証する。」というのがメインの機能であり、同時に、短期の記憶、知識のサーチエンジン、意欲、メタ認知、感情の制御、社会的成熟性なども担っています。
 オーケストラに指揮者がいなくても、それぞれの楽器の演奏者は音を出すことが出来ます。大統領がいなくても、一般職員は自らの仕事を行うことは可能です。社長がいなくても、社員は仕事を行うことは可能です。しかし、オーケストラに指揮者がいなければ、統率が取れた演奏を行うことはまず出来ません。大統領や社長がいなければ、短期的には問題は無くても、中長期的には組織が目指す目標や方向が定まらず、やがて組織はバラバラになってしまう可能性が高いでしょう。
 同じように前頭葉が損傷していたり、機能が弱いと、話したり、記憶したり、計算したり、認識するという認知機能をある程度保ちつつも、「全体像を想像し、目標と計画を立てて、実行し、検証する。」という一連のプロセスをスムーズに行うことが出来ずに、システム0、1から上がってくる衝動を、思いつきや気まぐれのままに、協調性もないままに、順不同で、支離滅裂に行ってしまうことになります。
 前頭葉を損傷した人物の具体例として、1800年代のアメリカ人でフィニアス・ゲージという人物を紹介します。ゲージは鉄道工事の現場監督として、現場の気性の荒い作業者を束ねる非常に人望のある人物でした。人柄、責任感、協調性、計画力、実行力、など申し分の無い人物でしたが、ある日、工事中の爆発事故で、鉄の棒が左目から前頭葉を貫通する怪我を負ってしまいました。一命は取り留めたものの、その後のゲージは性格が大きく変わってしまい、移り気で、行き当たりばったりに行動し、感情の起伏が激しく、協調性も無く、下品な悪態をつく人物になってしまったそうです。また、ゲージが自分の性格が変わってしまったことを認識(メタ認知)している様子が全く無かったという点も、注目すべき重要な点かと思います。文献ではゲージの例以外にも、前頭葉の脳内出血により行動意欲が大幅に低下して、法律の知識は失っていないのに仕事を行えなくなった弁護士や、普通に会話は出来るのに、順序立てて行動を行うことが全く出来なくなった人物など、様々な症状が紹介されています。これらの例から、前頭葉は実行機能、感情の抑制、社会的協調性など、複数の機能を同時に担う非常に高度で複雑な領域であることがわかります。
 人類の進化という側面からみると、前頭葉は脳の中で一番最後に進化、発達した領域です。また、一人の人間の成長という観点から見ても、前頭葉は最も成長が遅く、20代前半でようやく成長が終了すると言われています。進化や成長が遅いということは、逆に退化が早いということでもあり、40代から前頭葉が萎縮していくと言われています。高齢者が感情的になるのも、前頭葉の萎縮に関係して、感情の制御能力が落ちていると推測されます。また、アルコールの影響により、一番最初に機能が落ちるのも前頭葉です。
 このように前頭葉は非常に複雑な機能を担う領域であり、また加齢や飲酒や薬物の影響を受けやすく脆い領域でもあります。しかし、人間の脳の可塑性(柔軟性)は非常に高いので、30代40代50代になっても読書をしたり、ものをしっかりと考えることで、前頭葉の機能を維持し、成長させ高めていくことも可能です。私たちの意思決定は前頭葉が担っているということを認識し、なるべく機能が落ちないように心がけて行きたいものです。

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