蟻の社会科学

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蓋然性と灰色の世界 ~ヒューリスティックの根幹~

ガイドライン追記用の記事です。

第16章 蓋然性と灰色の世界 ~ヒューリスティックの根幹~
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 上記の図をパッと見たときに①~③のどの答えを選択するでしょうか。答えは見てみないとわからない以上、③を選択するのが正しい答えと言えるかと思います。しかし、選択肢が①と②だけの場合ならどうでしょうか。恐らく①を選択する人が多いかと思います。真っ直ぐの方が自然な感じがしますし、曲がっている必然性があまり感じられません。実際、日常生活で上記のようなものを見たときも、真っ直ぐになっていることが多いかと思います。
 私たちの脳のシステム1は、基本的には蓋然的(もっともらしい)なものを選択する傾向があります。日常生活の中で上記のような問題に出会ったときに、③の「見てみないとわからない」という答えを常に選択していたのでは、ありとあらゆることに困難が生じると考えられます。

・食べ物に毒が入っているかもわからない。(気にしすぎである。)
・外に出ると災難に出会うかもわからない。(心配しすぎである。)
・恋人が実はロボットで、悪の結社の構成員かもしれない。(そうじゃない可能性のほうが高そう。)
・地球が丸いかは直接見てみないとわからない。(科学的な証拠を信じたほうが正しそう。)
・この世界が本当に存在しているかわからない。(とりあえず存在していると仮定しよう!)

このような判断をいつも下していたのでは生きていくことは出来ませんので、私たちは常に真偽はとりあえず棚に上げて、ほぼ無意識で、超高速で、数少ない事実を手掛かりに足りない情報を想像で補いながら、その時々の様々な蓋然性(もっともらしさ)を選択しながら生きています。
 しかし、ほぼ無意識で、超高速で蓋然性を選択しているので、ここでヒューリスティックやバイアスによるエラーが入り込みます。むしろ、この無意識かつ超高速での蓋然性の選択こそが、ヒューリスティックというものの根幹です。
 自分が蓋然的だと考え意思決定をして、その根拠をいくつか集めて、「この意思決定に間違いは無いだろう」と思っていても、それが確証バイアスに過ぎず、外部から見るとただのつじつま合わせにしか見えないということはよくあります。蓋然性とは、本人の主観で数少ない事実を組み合わせて、足りない情報を想像で補いながら、もっともらしさを作り出すということに過ぎません。かと言って、常に確証を求めていては、上記の例のようにまともに生きていくことも出来ません。また、人それぞれ選択する蓋然性は違いますので、考えの相違による争いが起こることもよくあります。
 哲学者のニーチェは「事実など存在しない。あるのは解釈だけだ。」という言葉を残しました。私たちは白も黒も無い灰色の世界を生きています。絶対に正しい答えが存在することは少なく、多くの場合、灰色の決断に蓋然性を求めながら生きています。その蓋然性は正しいかどうかわからず、確認さえ出来ないことが多くあります。私たちは確認することが出来ない多くのことを想像によって補いながら、変化し続ける灰色の世界の中で、灰色の決断しながら生きているということを心に留め、なるべく白か黒か拙速に決断することないよう心掛けることで、よりよい意思決定を行えるようになるのではないかと思います。