蟻の社会科学

自由に生きるため、この世界を知ることを目的としたブログです。ビッグヒストリーを縦軸にリベラルアーツを横軸にシステム思考を最適化ツールとして。興味を持った方はガイドラインからどうぞ。

夏の郷愁

(画像は2ちゃんのスレより引用)
 6月とは思えない灼けるような日差しの中、僕は海を見たくなり車を走らせた。古い車のAMラジオから「今年はラニャーニャ現象で酷暑になる」とモノラル音声でニュースが流れていた。ニュースを聞きながら"子供のころ夏はそんなに暑かったかな・・・" "地球温暖化だろうか" など取り留めなく頭に浮かぶ中でふと「夏はなぜノスタルジックな気分になるのだろうか」と疑問が浮かんだ。そんな気分になるのは僕だけなのかもしれないが、僕は夏の綺麗な画像を見るのが好きで、よくインターネットで検索しては夏の画像を楽しんでいる。そんな時なぜか切ないような不思議な気持ちになる。どうしてだろう。
 海岸沿いを車を走らせていると喉が渇いたのでコンビニに寄った。麦茶と少し腹が減っていたのでおにぎりを1個買った。車内でお茶を飲みながらおにぎりを頬張ると昔家族で行った海水浴の思い出が浮かんだ、と同時に先ほどの疑問の答えも同時に浮かんだ。

「夏休みだ。」

 大人になるにつれ一年が短く感じるようになっていく。その理由は色々あるが、単純に考えると30歳の人の1年は人生の1/30≒3.3%で、50歳の人の1年は人生の1/50≒2%となり、人生における1年の割合が歳を取るにつれどんどん小さくなっていく。同じことを繰り返す日々の中、時間の割合が小さくなった分だけ時間が早く過ぎるように感じるのかもしれない。
 しかし子供にとっての1年は長い。16歳の少年の1年は1/16で人生の6.6%、10歳の少年の1年は人生の10%にもなる。時間の割合が長い日々の中で未知の出来事と出会う少年時代。その長い少年時代の中で一か月もの長い時間を与えてくれる夏休みは、知らず知らずに人の心にアイデンティティともいえるほどの大きな印象を与えているんだ。

 朝顔の水やりとラジオ体操
 家族で行った海水浴の思い出
 照り付ける太陽と蝉の鳴き声
 冷えた麦茶とスイカと高校野球
 入道雲と夕立
 遠くで打ちあがる花火と近所でやった花火
 女の子を夏祭りに誘った思い出(自分にはそんな思い出はないが・・・)
 友達と初めての酒
 
 相対的に長い時間の中の、長い夏休みのという特別な時間の中で出会ったたくさんの出来事は少年の心に深く刻まれるのだろう。そして、子供の頃に心に深く刻まれた思い出は夏の画像と共に大人になった自分の心へフラッシュバックする。二度と戻れない幼き日への郷愁と共に。



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