蟻の社会科学~リベラルアーツとロジカルシンキング~

自由に生きるため、この世界を知ることを目的としたブログです。ビッグヒストリーを縦軸にリベラルアーツを横軸にロジカルシンキングを最適化ツールとして。興味を持った方はガイドラインからどうぞ。

「知的好奇心と無知の知」

 「あなたは好奇心旺盛ですか?」と聞かれたらどう答えればいいのだろうか。多くの人にとって難しい問題だと思う。そうとも言えるし、そうでもないかもしれないし・・・。「人はどれぐらい好奇心を持っているのだろうか?」という抽象的で不可解な問題があった場合、僕の答えは
 「人の好奇心は時とともに失われる。」となる。 
 以前、想像力について同じような内容の記事を書いたことがある。(下記参照)


 子供の想像力はすごい。寝る前に自分がRPGの主人公になって剣と魔法の世界で大活躍することを想像したり色んな空想が出来るが、時間と共に想像力が失われていく。
 20代の頃はまだ夢を持っているかもしれないが、30代に入ると社会的地位も固まり、家族を作り子供を作り、長期ローンを組んだりしてどんどん「身を固めていく」。そして30代になると急速に想像力は失われていき「不惑」を迎えるころには想像力はほぼ消え失せてしまうのだろう。日々の生活、会社の将来、自分の給料、年金はいくらもらえるのだろうか?そういうことにしか想像力が働かなってしまう。何もそれが悪いことではない。自分の置かれた環境空間で全力を尽くすことだけを考えることが悪いことのはずが無い。
 しかし、今は「パラダイムシフト」の時代だ。常識と思われていたことがどんどん崩れていく時代だ。そんな時代を生きるには、自分が置かれている空間、環境の外を意識して想像することが重要になってくるのではないだろうか。
 生まれたときから、白い壁に囲まれた、窓のない部屋の中で、本も読まずにテレビも見ずに誰とも接することなく過ごしてきた人がもしいたとしたら?思い浮かべてみよう。彼は一体どのようにして外の世界を想像することが出来るだろうか?会社の中で日々の仕事に忙殺される現代人は上記の白い壁に囲まれた人と似ているかもしれない。しかし、日々に流されるだけで無く、ほんの少しでも外の世界に目を向ければ人生が豊かになるかもしれないと思う。
 人は歳をとるにつれどんどん想像力と好奇心が失われていくのではないかと思う。(もちろん人によるが、大きな傾向としては多分そうなのだろう。)思考の力の原点は「知的好奇心」だ。知らないことを知りたいと思うから興味を持ち、考えることができる。そもそも興味も好奇心も無ければ何も考えることはできない。
 
 古代ギリシャの哲人ソクラテスの概念で「無知の知」というものがある。

「私は自分が物知りだとは思っていない。だが多くの人は自らが物知りであると思っている。自称物知りの人と話をしてみるとほとんどの人が私より何も知らない。私は物知りではないが、何も知らないことを知っている分だけ、自称物知りの人たちより一つ多く真理を知っている。そして自称物知りの人たちより「知りたい!」という熱い情熱を持っている。」

 自分が知らないということを知っていれば「知ろう、知りたい」という好奇心につながる。しかし、自分が知らないということを知らない人は、既に知っている(つもり)なのだから、新しいことを「知ろう、知りたい」という知的好奇心につながることはない。即ち考えること、思考の力にたどり着くこともない。

 思考の力の源泉=知的好奇心 を育むには

1.年齢を経るにつれ社会に取り込まれ周りが見えなくなり好奇心を失いつつある自分に気付く
2.自分がまだまだ何も知らないということに気付く=無知の知

 この二つなのではないかと思う。この二つに気付けば、きっと生涯好奇心旺盛、生涯考えることができるのではないかと思う。