蟻の社会科学

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就活失敗し自殺する若者急増…4年で2・5倍に


自殺意識調査:20代「考えた」28% 人間関係が希薄
 内閣府は1日、20代の若者のうち本気で自殺を考えたことのある割合が28.4%に上り、全世代で最多だったなどとする「自殺対策に関する意識調査」の結果を発表した。調査は、震災後の心情の変化も尋ねた。内閣府は、震災を機に他の世代が人とのつながりを再認識したが、若者の人間関係の希薄さを示す結果と分析した。
毎日新聞 2012年05月02日 05時00分



 就職活動の失敗を苦に自殺する10〜20歳代の若者が、急増している。2007年から自殺原因を分析する警察庁によると、昨年は大学生など150人が就活の悩みで自殺しており、07年の2・5倍に増えた。警察庁は、06年の自殺対策基本法施行を受け、翌07年から自殺者の原因を遺書や生前のメモなどから詳しく分析。10〜20歳代の自殺者で就活が原因と見なされたケースは、07年は60人だったが、08年には91人に急増。毎年、男性が8〜9割を占め、昨年は、特に学生が52人と07年の3・2倍に増えた。
 背景には雇用情勢の悪化がある。厚生労働省によると、大学生の就職率は08年4月には96・9%。同9月のリーマンショックを経て、翌09年4月には95・7%へ低下。東日本大震災の影響を受けた昨年4月、過去最低の91・0%へ落ち込んだ。
(2012年5月8日 読売新聞)

 「自殺」に関する考察は古くから存在しています。近代においてはエミール・デュルケムが社会学の古典的名著「自殺論」を著し、井上陽水が「傘がない」で若者の自殺について歌っています。それはともかくこのニュースはやりきれない気分になります・・・。若者の自殺というあまり考えたくないニュースについて考えてみます。
 「就職活動の失敗による若者の自殺」という現象を俺なりに三つの要素に分解しますと
1、「目的無き時代と情報過多」(社会的要因、マクロ要因)
2、「自信喪失」(個人的要因、ミクロ要因)
3、「将来への不安」(社会的要因と個人的要因、マクロミクロ要因)
この三要素に分解できるかと思います。この三要素について考えます。
1、目的無き時代と情報過多
 以前の記事でも書きましたが、現在の先進国はもはや「大きな目標が無い時代」に突入しています。「自由と豊かな生活(経済成長)」を限界まで達成してしまった先進国は、もはや目指すべき目標が存在していません。目指すべき目標が存在しないので便宜上、盲目的に経済成長を目標と定めるしかありません。物質的な豊かさを達成した社会は、数字上の豊かさを求めるしか目標が残されていません。
 現在の若者、これから社会に出る若者はその「大きな目標無き社会」に送り出された上に「便宜上の目標(数字の拡大)の達成も困難な時代」に送り出されます。若者の「生きるための目標」は現在、非常に不安定なものになっているのではないでしょうか。
 現在の若者は非常に不安定な状況に置かれ、さらに情報の過多が若者を不安定な状況に陥れています。ネット、テレビ、新聞がもたらす多すぎる情報が「情報の海」で若者を溺れさせて、ますます若者の心を不安定なものにさせていっているのではないかと思います。
2、自信の喪失
 非常に不安定な立場に置かれた若者ですが、前時代的な目標である「経済成長」という幻影に引き摺られ、とりあえず大学目指し、卒業したら就職活動を行います。しかし現在はもはや経済成長が終わった時代。就職活動で何十社回っても就職が決まらない。俺も経験がありますが、企業から「お祈り」が来たら結構凹む。 面接を受けた会社から何度も「お祈り」されたら、そりゃ若者も自信を無くすでしょう。自分という存在を全否定してしまう気持ちもわかります。
3、将来への不安
 「目標が無い時代」という非常に不安定な状況に置かれ、さらに「お祈り」を連発される若者。さらに「情報の海」からもたらされる「日本の暗い将来(少子高齢化etc・・)」。そんな時代を生きる若者は非常に生き辛いと思います。



 俺の考えはありふれたオーソドックスな考えですが、若者の自殺の背景は上記のようなものだと思います。俺はもうさほど若くはありませんが、同じような状況を生きてきたので現在の若年層の気持ちが少しはわかるような気がします。
 いろいろ考えた結果、俺が思ったことは「知ること」です。もう「経済は成長しない」ことを、「経済が成長すれば幸せになれるわけではない」ことを、「大企業に就職すれば幸せになれるわけではない」ことを、「正社員になれば幸せになれるわけではない」ことを。そして「経済が成長しないからといって不幸になるわけではない」ことを、「貧しくなるからといって不幸になるわけではない」ことを。
 人間の社会というのは一回限りの歴史の膨大な蓄積を前提としています。そのたった一度の歴史の蓄積の中から生まれた「経済成長=幸福」という社会の枠組みの中で生きていることを認識し、そしてその枠組みも崩れかけている現在を認識すれば、「貧しいことが必ずしも不幸ではない」という認識をもてるのではないだろうかと思います。何も知らない若者が一昔前の考え方である「経済成長=幸福」「大企業=幸福」「正社員=幸福」という枠組みに捕らわれ、それを達成出来ないからといって絶望する社会は非常に絶望的な社会だと思います。