蟻の社会科学~リベラルアーツとロジカルシンキング~

自由に生きるため、この世界を知ることを目的としたブログです。ビッグヒストリーを縦軸にリベラルアーツを横軸にロジカルシンキングを最適化ツールとして。興味を持った方はガイドラインからどうぞ。

経済成長をドラクエで例えると〜目的無き時代〜

引用開始(一部改変)
661 名無しさん@八周年 2008/03/01(土) 22:52:19 id:JF6529TKO
 経済成長をドラクエで例えると、高度経済成長時代は勇者レベルが10〜15位のとき。はがねのつるぎとか買う時代。レベル上げ(経済成長)が楽しくて仕方無い時期。これからのストーリー展開も未知であり楽しみ。
 俺らは、終わったドラクエのレベル上げてるみたいなもん。ものごころついた頃には天空の剣とか何でもそろってる。お金稼いでも買うものが無い。全フィールド全てやりつくされてる。はっきり言ってつまらねえ。やることと言ったら、取り忘れた黄金の爪を取りに行く(過疎地に道路を通す)とかそんなのばっか。退屈。今の連中に、高度経済成長時代と同じモチベーションを持てというのは酷だ。

 2chで拾った秀逸な文章のコピペ。ロールプレイングゲームをやっても最後のボスのダンジョンに辿り着いたら「ああ、もうクリアしたも同然だな。もういいや。」と思ってゲームをやめてしまう俺はなんか納得してしまうwこの文章は我々が生きる時代を、これから向かう時代をドラクエでうまく例えている。このコピペを起点に哲学と経済を織り交ぜながら、現代社会について考えてみる。
 西洋人類はずっと「真理」を探し続けてきた。真理とは「何か根源的なもの。根源要因。この複雑な社会を一発で説明できちゃう不思議な魔法。」この不思議な魔法を探す物語こそが西洋社会の歴史と言っても過言では無いかもしれない。 (その魔法を探す物語はタレスの「アルケー」と「水」から始まり、デモクリトスの「原子論」、プラトンの「イデア論」。そして中世を支配したキリスト教の「神」。デカルトの「私と言う意識」、ヘーゲルの「弁証法による絶対精神」、ショーペンハウアーの「生存への盲目的な暗い情熱」、マルクスの「唯物史観による共産主義社会」、サルトルの「自由とアンガージュマン」などなど・・・、人間の生きる意味と目的に対して、全てを一発で説明してくれる根源的魔法を探し続けてきた。)
 近代の現実社会では「自由、権利、平等」と「経済成長による豊かな生活」を便宜上、人間が目指す根源要因に定めたのかもしれない。それを求め続けたことが何も悪いわけではない。それを求め続けたからこそ、現在の自由で豊かな社会が実現したのだから。問題はもはや「自由で豊かな社会を達成してしまった。」と言うことになるかと思う。上記のドラクエで例えると「ゲームをクリアしてしまった!!」と言うことになりますか。ゲームをクリアしてしまったのにゲームをやめることも出来ない。仕方なく「レベル99を目指す」「ちいさなメダルを全部集める」「最後のボスを3ターンで倒す方法」「低レベルクリアを目指す」などしか目的が存在していない。
 (リオタールが「大きな物語の終わり」と表し、フランシス・フクヤマが「歴史の終わり」と表したように)もはや西洋近代社会には「ラスボスを倒してゲームをクリアする!」という大きな目的が存在しない。しかしゲームをクリアしたとしても西洋型社会の人類はゲームを続けるしかない。なぜならそれが資本主義社会だからだ。資本主義は成長し続ける以外にそのシステムを保つ術を持ち合わせていない。社会を維持する術を持ち合わせていない。
 現代は「ゲームをクリアすること」が目標でなくなった。そして新たに課せられた目標は「ゲームを続けること」になってしまった。ドラクエをクリアしても「レベル99を目指す」「ちいさなメダルを全部集める」「全アイテムをコンプリートする」「最後のボスを3ターンで倒す方法を探す」「低レベルクリアを目指す」という作業を続ける以外目標は無い。
 「ゲームを続けること」が目標であったとしても、それでゲームを続けられるなら、続けてもいいと思う。しかしいつか・・・・
「飽きた!や〜めた!!!」
となる日も来ると思う。例えるなら「ドラクエのクリア」を目標としてきた西洋社会が「ドラクエををクリアする」以外の目標を見つけることが新たな目標になると思う。しかし、なかなか難しいかもしれない。だって「ドラクエ」は面白いから!でも、「ドラクエ」よりもっと楽しいことを見つけようと思えばきっと見つけられると思う。それを見つけるのがこれからの時代だと思う。(とは言え、近代社会という「鉄の檻」はあまりに堅固ではあるのだが・・・)