蟻の社会科学~リベラルアーツとロジカルシンキング~

自由に生きるため、この世界を知ることを目的としたブログです。ビッグヒストリーを縦軸にリベラルアーツを横軸にロジカルシンキングを最適化ツールとして。興味を持った方はガイドラインからどうぞ。

【27冊目】【28冊目】デカルト入門(小林道夫)と方法序説(ルネ・デカルト 谷川多佳子訳)

 「我思う、故に我あり(コギト・エルゴ・スムcogito,ergo sum)」で知られ、「近代哲学の父」と謳われるデカルトの入門書。
 デカルトは真理を見つけるためにひたすら疑った。疑って疑って疑いまくって、最後に残る、絶対に疑えない存在だけが「真理」だろうと、ありとあらゆることを疑いまくった。この世に正しいことなんて何ひとつ無いことが確実であることを証明するまで疑いまくった。
 「1+1=2だよね。」という、恐らくみんなが真理と思っていることまで疑った。「『1+1=2』では無いかもしれない。本当は『1+1=5』かもしれない。本当は『1+1=ラーメン』なのかもしれない。『1+1=2』では無いかもしれないのに、悪い悪魔が『1+1=2だよ。』と私に信じ込ませているのかもしれない。即ち『1+1=2』も真理ではない。」と言うような具合で悪い悪魔の存在まで持ち出して、キ○ガイのように全てを疑った。
 全てを疑いつくした最後に辿り着いたのが「いや、待てよ・・・正しいことが何ひとつ無いことは確実かもしれないが、全てを疑う私は確実に存在している・・・。全てを疑う私の意識は確実に存在している・・・」この瞬間、「私」と言う何者にも縛られない存在が生まれ、「個人の自由」と言う近代精神が生まれたのかもしれません。デカルトはそこから「私の存在は確実だ!即ちこれは絶対的存在である神様の仕業に違いない!」といきなり神様の存在証明へと走ったのは彼が敬虔な信仰心を持っていたからなのでしょうか。
 神様を全ての事象の絶対原理に据えて、宇宙生成論から人間の脳の機能まで、超マクロから超ミクロまで考えていたデカルトには驚かざるを得ません。デカルトが考えた宇宙論脳科学は今の科学から考えると無茶苦茶な理論なのかもしれませんが、そんな昔に今の科学の基礎に繋がる視点を持って、神様、宇宙、人間まで考えていたデカルトは正に近代哲学の父と言われるだけはあります。彼のこの視点がどれだけ近代科学に貢献したことか。
 徹底的な合理思考で無慈悲な合理主義者、設計主義者と思われるデカルトですが、愛弟子であるスウェーデン女王のエリザベトに宛てた書簡の中で
「人はただ一人では生存できず、実は宇宙の一つの部分であり、」「この地球の一部分であり、この国、この社会、この家族の一部分」なのであり、「常に、自らがその一部分である全体の利害を個人としての自己の利害よりも優先しなければならない」(本書より引用)という社会道徳観を持っていたようです。
 近代哲学の父と呼ばれる男は、徹底的な合理思考による唯物論者ではなく、「神様」という合理主義と反する存在を絶対原理に据えて、さらには人間の道徳に透徹した考えを持っていたということに何か不思議な安心感を得ました。

デカルト入門 (ちくま新書)

デカルト入門 (ちくま新書)

方法序説 (岩波文庫)

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