蟻の社会科学~リベラルアーツとロジカルシンキング~

自由に生きるため、この世界を知ることを目的としたブログです。ビッグヒストリーを縦軸にリベラルアーツを横軸にロジカルシンキングを最適化ツールとして。興味を持った方はガイドラインからどうぞ。

人間は自由という刑に処せられている。

「人間は自由という刑に処せられている」byサルトル

 西洋人類が尾崎豊のように自由を求め続けたかはわかりませんが、「自由」は近現代を考える上で重要なキーワードとなるでしょう。西洋人類は「自由」を求め続け「自由」を手に入れましたが、「自由」こそがサルトルがいうように最も過酷な刑罰なのかもしれません。
 自分が飼っている愛犬を山奥に連れて行き「今まで鎖で縛り付けて悪かった!さあ開放してあげるよ!お前はこれから自由に生きていいんだよ!」と愛犬を山奥に置き去りにした時、その時の愛犬の心境は不安と絶望しかないと思います。「自由なんていらないワン!。鎖につながれててもいいから、ご主人様と一緒に暮らしている方が幸せだワン!」と思うことでしょう。
 人間もある程度は自由にはなりたいけど、完全な自由にはなりたくない。何でもいいから信じられる絶対的な権威が欲しい。それは「宗教」や「王様」や「ヒトラー」や「江戸幕府」でも何でもいい。全てを自分の判断で自己責任で生きていくより「とりあえずこうやって生きていった方がいいみたいだよ!」という、みんなが認める道標に従って生きていた方が安心です。
 エーリッヒ・フロムは「自由からの逃走」で「第一次大戦後、無条件に信頼できる権威を失ったドイツ社会の中で、無条件に信頼できる権威としてナチズムが幅を利かせた。」と分析していますが、現在の日本社会も似たような状況にあるのではないかと思います。
 即ち、戦後の日本社会における絶対的権威とは「経済成長」であり、その経済成長をドグマとする社会システムからはみ出さずに生きていくことこそが生きるための道標だったのでしょう。それはいい大学へ行ったり、大企業へ就職したり、正社員になることであったり・・・。しかし、現在の日本社会は経済成長という絶対的権威が力を失っています。絶対的権威が力を失えば、当然それに付随していた社会システムも力を失っていきます。いい大学へ行っても就職できなかったり、大企業へ就職しても給料が上がらなかったり、正社員でも職を失ったり・・・。
 信じられる絶対的権威を再び失った現在の日本社会で生きるための道標がどこにあるのかがわからなくなっている気がします。何を頼りに、何を信じて生きていけばいいのだろうか社会全体が迷っているような気がします。俺も何を信じて生きていけばいいのかわかりません。
 しかし、案ずることは全くない。人類は何度も絶対的権威を喪失してきましたが、それでも何か新しい価値観を見つけ続けてきたのですから。人々の力を信じ給え!