蟻の社会科学

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格差社会論 その1〜世界同時多発デモ〜


藤子・F・不二雄 SF短編集「征地球論」より引用

 世界中で格差解消を叫ぶデモが頻発しており、収まる気配がまだまだ見えません。「格差解消」という叫びには情緒的に共感できますが、客観的にその点について考えてみます。
 近代の歴史の中で大きな転換点となったフランス革命。「人間は自由だ!平等だ!」とのスローガンを元に王様、教会など旧来の伝統的社会が生み出した「根拠なき権威をぶち壊せ!」と革命を起こし、資本主義制民主主義という現代社会の萌芽を生みました。フランス革命以後は西欧型社会においては、王様や教会に替わり、合理的な「経済成長」「豊かな生活」が新たな神様となったと俺は理解しています。ニーチェ的解釈では弱者の妬み、ルサンチマンフランス革命において伝統的権威を倒す原動力となりましたが、今現在起こっている世界同時多発デモの「格差解消!」の原動力もまた、ルサンチマンが原動力となっているのかもしれません。それを踏まえて世界同時多発デモを考えてみます。
豊かさとは何か?〜一体どこまで豊かになりゃいいの?〜
 豊かさとは何か?。非常にありふれた論点になりますが考えてみます。フランス革命以後、近代西欧型社会では「豊かな生活」という神様を信じて近代経済学や物理学、化学などの進歩とともに物質的には圧倒的豊かな社会を作り出してきました。現在の先進国の人はさほど高収入ではないにしてもテレビもパソコンも所有し、有り余るほどの食料を享受することができるようになりました。先進国の現代人はルイ16世はもちろん、20〜30年前の大金持ちでさえ体験できないような物質的に豊かな生活を送っています。それでも貧しい、満たされないというのであれば一体どこまで豊かになれば満足するのでしょうか。みんなが宇宙旅行へいけるほど豊かになれば満足するのでしょうか。そうとはとても思えません。これほど豊かになった社会でもみな満足出来ないのですから。恐らくこれ以上物質的に豊かになっても誰も豊かと感じられない社会になってしまったのではないでしょうか。物質的な絶対的豊かさでは満足できずに、豊かさの基準が他人と比較する相対的なものであれば、人はいつまで経っても本当に豊かになれることはないのかと思います。 
 「神を信じる者は救われる」という伝統的社会が解体され、「努力すれば報われる」という「経済成長」という神様と崇める現代社会。近代から現代においてのその「経済成長」という絶対的神様の存在が危うくなっている現在、人はまた世界同時多発デモという形でフランス革命のころに逆戻りしています。 王様や宗教など伝統的社会の権威が解体され、人は自由を手に入れたとも言われますが、「王様や宗教」が「経済成長」に置き換わっただけで人はまだまだ本当の自由を手に入れていないのかもしれません。
「吾唯足知(われ ただ たるを しる)」
という言葉があります。この圧倒的物質的豊かさを満足し、他人と比較のなかに豊かさを見出すのではなく、「自分」というものを確立したときに本当の意味での自由を人は得られるのかもしれないと思います。今回の世界同時多発デモはその通過点ではないだろうかと個人的に思っています。ただ「自由」を手放しで賞賛するという考えも持っていませんし、極端な格差社会で人の生存権すら危ぶまれるとするならば格差社会はある程度、是正しなければいけないとは思います。

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