蟻の社会科学

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無縁社会とは何か?その2〜後期近代社会に開花した無縁の華〜

無縁社会とは何か?その1〜前期近代社会に胚胎された無縁の芽〜
 

 無縁社会とは哲学的概念で言うところの「アトミズム」です。 
 伝統的社会、原始的近代社会においては人は自由など無く、生まれた土地で暮らし、親の職業を継ぎ、固定された有縁の社会の中の限られた選択肢の中で暮らしていました。終戦後の前期近代社会においては「伝統的社会の解体」「近代資本主義の隆盛」「個人の自由」この3点セットをベースとして、「職業選択の自由」「自由恋愛」という言葉で表されるように、自分の人生を自分で選択する自由な社会が生まれました。それは都市部への人口の集中を促し、地域共同体は企業共同体へと形を変えて、日本社会の中で新たな有縁社会を作り出しました。地方においては家族と地域共同体と企業共同体が相互に縁を補完しあって、有縁社会を継続させたと思います。伝統的社会、原始近代社会では人と人が土地で結び付けていたましたが、前期近代社会における近代資本主義の隆盛は人と人とをお金で結びつけるようになったと考えればわかりやすいかもしれません。
 前期近代社会が進むにつれて人が都市を目指すようになり、地縁は徐々に弱まっていき、親と子の職業の連続性が無くなることにより血縁も弱体化していき、人はお金で結びつく企業共同体(ゲゼルシャフト)に集約されていきました。
 しかし、お金で強固に結びついてた企業共同体(ゲゼルシャフト)も経済成長の鈍化と共にやがては弱体化していきます。企業共同体にも所属できず、帰る故郷も持たず、弱体化した地縁にも所属できず、親と子がバラバラに生活を送る血縁も弱体化した社会の中でたった一人でポツンと暮らす人がどんどん増えているのが無縁社会と言えるでしょう。
 さらには無縁社会の親戚である「非婚社会」「少子化社会」がますます無縁社会を加速化させていきます。結婚もせず、子供も持たず、たった一人で暮らす人たちに高齢化社会での経済の縮小、社会保障費の増加という経済的な負担が重くのしかかってきます。そして、さらに悲しいことに、たった一人で生きていく人たちは自己責任の名の下に「結婚も出来ずに子供も持てずに一人で生きているのは全部自分の責任なんだ・・・」と全てを自分で背負い込んで絶望に至る可能性があります。
 このような社会はどんなに絶望的な社会でしょうか。経済的に貧しい後進国よりもどんなに貧しい社会でしょうか。全ての縁を断ち切られた上に、経済の縮小による貧困という十字架を全て一身で背負わなければいけない人たちが増えていく社会とは本当に恐ろしいと思います。(俺のことでもあるのだがw)
 ピーター・ドラッカー「大切なのは経済ではなく社会だ!」との言葉を残しました。2030年には日本社会は「生涯未婚率 男性29%、女性23%」との試算があります。出生率も恐らく現在とさほど変わらないか、今より下がっているのではないでしょうか。さらに今後単身世帯はどんどん増えていく傾向にあります。経済をテクニカルに考えずとも、直感的にこのような社会では経済が成長するとはとても思えません。
 「重要なのは経済ではなく社会である」との言葉は非常に重みがあると思います。今の日本で重要なのは「経済」というテクニカル要因ではなく「社会」というファンダメンタル要因だと思います。


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僕らが望んだ無縁社会
http://www.tachibana-akira.com/2011/01/2034