蟻の社会科学

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無縁社会とは何か?その1〜前期近代社会に胚胎された無縁の芽〜

はじめに 
 無縁社会とは一体何なのかを考えてみたいと思います。無縁社会の要因は様々ありますがとりあえず中心となる要因について考えて見ます。

1.ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへの変遷
 ドイツの社会学者テンニースは「人間社会が近代化すると共に、地縁や血縁、友情で深く結びついた伝統的社会形態であるゲマインシャフトからゲゼルシャフトへと変遷していく」と考えました。ゲマインシャフトとは自然に生まれる共同体(血縁、地縁など)でゲゼルシャフトは人工的に生まれた共同体(会社や団体など)です。この概念を基礎に無縁社会を考えます。

2.近代化とは?
 「近代化とは何か」と言われると非常に多岐に渡り、一言で言い尽くすことは出来ませんがここでは
(1)伝統的社会の解体
(2)近代資本主義をベースとした合理的社会への社会の再構築
(3)個人の自由と権利を最大限尊重する社会
とこの3点として、簡単に定義します。

3.日本におけるゲマインシャフトからゲゼルシャフトへの移り変わり
 日本における近代化は明治維新以降、「近代資本主義をベース」として勃興したと考えられます。終戦までは「伝統的社会の解体」と「個人の自由と権利の尊重」は社会の中で強い影響力は無かったと考えられます。しかし、終戦により西洋的近代社会が導入されたことにより「伝統的社会の解体」「近代資本主義をベースとした社会」「個人の自由と権利の尊重」という3点セットが日本社会に揃い、今の社会を作る原動力となりました。
日本における原始的近代社会=明治維新から終戦まで
日本における前期近代社会=終戦から1990年頃まで
日本における後期近代社会=1990年頃から現在まで
と定義してみます。

4.農村から都市へ

 戦後「個人の自由」をベースとして社会が大転換しました。そして農村から都市への急速な人口移動が起こりました。終戦後の1950年当時、日本の人口の66%は三大都市圏以外に住んでいました。さらにその半数は上記の表で示されるように第一次産業を基礎とする伝統的ムラ社会ゲマインシャフト)の中で暮らしていました。終戦後、「伝統的社会の解体(土地からの開放)」「近代資本主義の発展(企業の隆盛)」「個人の自由と権利の尊重」という時代背景の中、時は過ぎて2005年には人口の半数が三大都市圏に住むようになり95%の人は近代的企業社会(ゲゼルシャフト)の中で暮らしています。都市への人口の移動こそが日本を高度経済成長へ導く大きな要因であったことは事実です。農村から都市へ人が移動し、都市が栄えて豊かになる。その豊かな都市へ誘蛾灯に導かれるようにさらに人がどんどん集まるというスパイラルが発生し、日本全体がさらに成長する。さらに三大都市圏の発展で得た富を地方へ分配し、地方も都市化するというスパイラルが発生し、日本全国ゲゼルシャフト化が完成しました。三大都市圏以外でも近代的企業社会(ゲゼルシャフト)が構成されていますので、日本人のほとんどはゲゼルシャフトの中に組み込まれていると言えるでしょう。

5.伝統的村社会から近代的村的企業社会へ
 戦後の日本では血縁地縁で結ばれた伝統的村社会からお金で結びつく合理的企業社会へ移り変わりました。しかし、人間関係が濃密な村社会の名残を残しながら企業社会へ移行しました。そして、それは終身雇用に代表される、「会社に身も心も、人生の全てを企業共同体に捧げる日本的雇用システム」を生み出しました。

6.サラリーマンの子はサラリーマン〜職業選択の自由
 伝統的村社会の中では農家の子供は農家という概念が存在していました。合理的企業社会への変遷の中で、親から子への職業の連続性は存在しなくなり、「親はサラリーマン、子供もサラリーマン」という社会になりました。伝統的村社会の「○○村の○○家の一員という個人」から、合理的企業社会で「地域との関連性や親の職業と連続性を持たない個人」へと人は移り変わりました。「伝統的共同体という円の中に存在する個人」から、「伝統的共同体の影響を受けずに自分の意思で一人で社会に存在する点の個人」が生まれました。

7.地方から都市への就職、進学
 親と子の職業に連続性が無くなり個人が自分で仕事を決める社会への移り変わりの中で、少しでも条件がいい企業へ就職するために「集団就職」などで都市部への就職や進学が盛んになりました。地方の伝統的村社会から解放され、都市部の合理的企業社会を目指し、出生地を離れることにより「地域」や「家族」という縁から切り離されます。個人の縁は出生地を離れることにより企業共同体の中の縁に集約される傾向が生まれます。

 ここで取り上げたのは伝統的社会共同体から合理的社会共同体への変遷の要因のごく一部分ですがこんな感じで共同体が変質していったと考えられます。

その2へ続く