蟻の社会科学

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侵食される中間所得層

 興味を引く記事を見つけたので長いのですが全文引用掲載します。


http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/13368
圧迫される世界の中流階級〜先進国に広がる「所得伸び悩み」の恐怖〜
 世界経済危機が始まってから3年近く経ったが、大半の先進国ではこのところ、新種の妖怪が出没するようになっている。市民の過半数は今後何年も所得の伸び悩みに直面するという、恐ろしい見通しが広まりつつあるのだ。第2次世界大戦後の先進国には、生活水準は世代を経るごとに向上し、親よりも物質的に豊かになれるという考え方があった。しかし今、所得の増加を期待することは過去にほとんど例がないほど難しくなっている。一部の中所得者層にしてみれば、所得の伸び悩みや減少は今に始まった話ではない。例えば、英国のフォークリフトドライバーは2010年には1万9068ポンドの所得を期待できたが、インフレを考慮すればこれは1978年の値を約5%下回ることになる。
日本でもドイツでも実質世帯所得が減少
 また、米国男性の実質所得のメジアン(中央値)は1975年以降増えていないし、日本では2000年代半ばまでの10年間で実質世帯所得(税引き後)の平均値が減少した。ドイツの世帯所得もここ10年間で減少している。中所得者層にのしかかるこうした圧力の一部は、少なくとも一時的には空前の信用バブルによって覆い隠されていた。借金をして収入以上の消費をすることが可能だったからだ。しかし、お金を低利で借りられる時代が終わりを迎えて3年が経ち、先進国が経済成長をなかなか再開できずにいる今、世界中の中所得者層が状況の厳しさをひしひしと感じるようになっている。これは政治家たちにとっても望ましい状況ではない。政治家たちは、財政を立て直すために増税と歳出削減を検討せざるを得なくなりつつあるからだ。しかもその後には、ますます伸びる寿命と人口の高齢化への対応というさらに難しい課題が控えている。このように世帯所得や賃金のトレンドを観察していくと、先進国の人々の所得に一体何が起こっているのか、なぜこんなことになったのか、という2つの疑問が浮かび上がってくる。その答えが明らかになり始めたのは、最近のことだ。米国では、国内総生産GDP)が急増し続ける一方で、1975年から男性の実質所得の中央値が伸びていない。当初はそうした傾向が他国では見られなかったため、米国特有の病がこの国の文化と労働市場を苦しめているのではないかとの懸念が生じた。
 豊かになるのは金持ちばかり
 1人当たり国民所得が伸びれば、増加分は必ず誰かの手に渡る。米国ではこの増加分がほぼすべて、最も裕福な人々のポケットに流れ込んでいた。確定申告のデータを集計して作られている「世界高所得者層データベース」によれば、米国の個人所得ランキング(税引き前ベース)で上位1%に入る人々の所得の合計額は、1974年には個人所得の合計額の8%を占めていたが、2008年にはこの割合が18%へと急上昇していた。また、この上位1%の中の上位1%にランクされた人々の所得の割合は、もっと大幅に上昇していたという。しかし、近年の格差拡大は米国に限られた現象ではない。経済協力開発機構OECD)によれば、データが十分にそろっている先進国22カ国について調べたところ、1980年代半ばから2000年代後半にかけて所得格差が拡大した国は17カ国を数えたという。「(格差の)レベルが以前よりも高い平均値に収斂しつつあるのではと思わせる兆しがいくつか見られる」とOECDは最近のリポートで指摘。また、「これまで格差が小さかったデンマークやドイツ、スウェーデンといった国々も、格差拡大のトレンドを免れているとはもう言えない」と記している。格差の拡大はほとんどの国で、労働市場のトレンドによってもたらされている。大半のOECD加盟国は、国からの在職給付金を増やしたり低所得者層の給与税を軽減したりして賃金格差の拡大を抑えようとしてきたが、さらに累進度の高い税制や給付金制度を導入しようという意欲を上回る勢いで格差が広がってきたのが実情だ。
素晴らしい職とろくでもない職しかない
 所得格差の拡大に拍車をかけているのが、中程度のスキルを必要とする雇用の減少である。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスLSE)経済パフォーマンス研究センターのアラン・マニング教授は、先進国では労働市場が「素晴らしい職とろくでもない職」に二極化しつつあると指摘する。中程度の所得が得られる職の割合が1993年から2006年にかけて低下した一方で、所得が高い職と低い職の割合は上昇したというのである。また、この傾向は経済の特性や政治文化の違いに関係なく、ほぼすべての先進国で共通に見られるという。この類似性は、国内政治や労働市場の特性よりも大きな力が働いていることを示唆するものだ。
 所得格差や労働需要のトレンドの原因を巡っては、既に相反する様々な説が唱えられているが、その過程でいくつかのトレンドが浮き彫りになっている。まず、所得分布の最上層に着目すると、仕事で優れた業績を上げている人々の多くは、通信革命のおかげで自分の住んでいる地域だけでなく世界各地から売り上げや収入を得ている。また、これは金融セクターで特に見られる傾向だが、他人のお金で相場を張って財をなした人もいる。大卒者の多くは、その柔軟性のあるスキルをコンピューターやインターネットで補強し、仕事に就く機会を増やしている。出版社はコンテンツを全世界に販売できるようになり、会計士や建築家は遠く離れたところにいる顧客にサービスを提供できるようになった。大学教授は、自分の大学の学生だけに講義するのではなく、ブログを使って世界中に自分のアイデアを披露できるようになっている。高度なスキルが必要な仕事への需要は数十年前から大卒者の数を上回る伸びを示しており、これが所得の増加につながっているわけだ。
政治家にとっても悩みの種となる中間所得層の苦悩
 片や所得分布の最下層では、情報技術(IT)はまださほど重要ではない。清掃やお年寄りの介護といった仕事では、ITはほとんど役に立たないのだ。しかし、スキルは必要だが一定の型にはまった仕事に対する需要は、ITのおかげで大幅に減っている。工場労働者や銀行の事務職員、フォークリフトドライバーなど、かつて先進国の雇用の大黒柱を担っていた職種の需要は激減しているのである。物流倉庫が完全に自動化された世界でフォークリフトドライバーになっても面白いことはない。平均的な仕事やその所得を巡って起きているのは、どうやらそういうことなのだ。中所得者層は選挙の結果を左右する存在だけに、この現象は政治家たちにとっても悩みの種になるだろう。
2011年6月28日付 英フィナンシャル・タイムズ紙 By Chris Giles
 俺は世界の労働市場に明るいわけではないので、この記事の内容についての信憑性を断言できるわけではありませんが、個人的には概ね正確な内容だろうと思います。「格差社会」という言葉が日本に定着して久しいですが、「格差社会」という傾向は世界中の先進国で生まれていて、さらにこの長期的トレンドは今後も変わることが無いと思います。
国際経済のモデルでは「技術集約産業が発達した国(高スキル)と労働集約が発達している国(低スキル)との貿易では技術集約国は高スキルの産業と雇用が増え、高スキルの労働者の賃金が上がって国内の格差が拡大する。労働集約国は低スキルの産業と雇用が増え、低スキルの労働者の賃金が上がって国内の格差が縮小する」とあります。
 19世紀のドイツの学者フェルディナント・ラッサール「賃金の鉄則」(実質賃金が長期にわたって、労働者の生活を維持するのに必要な最低賃金に向かう傾向を持つと主張する、経済学で提唱された法則である。)を唱えました。それと対抗するかのように人類は技術のイノベーション、市場の拡大、労働人口の増加などにより需要と供給力を向上させ続け、生活を維持するのに必要以上の賃金を獲得してきました(少なくとも先進国では)。しかし、ついにラッサールが予言した「賃金の鉄則の終着点」に辿り着きつつあるような気がします。上記の記事にも書かれていますが、格差を拡大させながら労働者を「賃金の鉄則」へ導く最後のパラダイムがIT革命だと思います。IT技術が社会へ浸透していくことによって、極めて合理的でスタイリッシュで、悲しいまでに美しく秩序だった社会が地球上に生まれつつあるように思えます。「情報格差」という言葉で表されるように、情報を得られる人間はITを利用しどんどん稼ぎ、情報を得られない人間はなす術も無いまま与えられる賃金で生きていくしかない社会が生まれつつあります。
 パソコン一つクリック一つで他人の金を運用しノーリスクで大金を得るグローバル投資銀行のトレーダー。一方では投資銀行のギャンブルの損失を一身に背負って、職を失い路上に放り出される人々。(さらにひどいことに職を失った人々は自己責任、努力不足との謗りを受けることさえあります。)このような社会について特定の倫理観を持って、良いか悪いかを論じるつもりは俺はありません。今後この流れを止めることは出来ないし、止めることが良いことかもよくわかりません。ただただこの社会の中で生きていかなければいけないことだけは確かなようです。
 先般の金融危機の背景として「先進国の需要不足=金余り」が指摘されています。需要が無い故に無理矢理バブルを生み出して、そして破裂させました。今のところ先進国全体の少子高齢化、物質的飽和、需要不足を解消する術がまるで見当たりません。そのような背景を持ったグローバル経済ではまたバブルが起こり、そして弾けるでしょう。その度に情報強者と情報弱者の格差は徐々に広がり続け、先進国の中間所得層を貧しくさせながらその生活と心を侵食していくことは間違いないようです。