蟻の社会科学

自由に生きるため、この世界を知ることを目的としたブログです。ビッグヒストリーを縦軸にリベラルアーツを横軸にシステム思考を最適化ツールとして。興味を持った方はガイドラインからどうぞ。

静学的経済学と動学的経済学

  経済学を「JOJOの奇妙な冒険」第二部風に置き換えてみる。
『経済学は二度と社会工学へは戻れなかった…。自然科学と哲学、宗教の中間の学問となり永遠に社会を彷徨うのだ。そして死にたいと思っても死ねないので--そのうち経済学は、考えるのをやめた。』
 俺は経済学の普遍性に疑問を持っています。静学的経済学に「少子高齢化による人口動態と社会心理の変遷」「需要の飽和とイノベーションの限界」という社会的動学を組み込んだら経済学の意義がすごく曖昧になってしまうと思うので経済学とは何なんだろうかと疑問を持っています。もちろん経済学を学ぶことに大きな意義があるとは思いますが。
 それを踏まえて経済学とは一体何なのか?経済学とはほとんど宗教のようなものだと思います。「経済成長」をドグマとして、経済成長を望む信者を飲み込む新興宗教のようなものではないでしょうか。世界中に経済成長を望む信者がいるので「経済はもはや成長しません!」と言うことは出来ずに、世界中の政治家や官僚や経済学者やエコノミストが経済成長戦略を語り、それに民衆が酔ってしまうという宗教だと思います。「経済はもはや成長しません。」などとおおっぴらに言う人間は背教者のレッテルすら張られ、共産主義者との謗りを受けることもあります。
 経済をテクニカルに考えずとも先進国の多くの人は直感的に「経済は永遠に成長するものではない」と気づいているのではないだろうかと思います。しかし、みんながそのことを認めてしまい自分が将来貧しくなることを考えることが怖いので「経済学」という宗教が幅を利かせているのでしょうか。