蟻の社会科学

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少子高齢化社会を考える。その3〜少子化の背景。効用最大化心理〜

資料1:日本の出生数と合計特殊出生率の推移

wikipediaより引用
資料2:先進国の合計特殊出生率(2003)

社会実情データ図録より引用

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はじめに 
5月5日、6日のエントリー「少子高齢化社会を考える。その1その2」で書ききれなかった少子化について考察します。少子化の要因については散々語り尽くされていますが、もう一度俺なりに練ってみます。少子化はありとあらゆる要因が組み合わさっていますが全てを書ききることは出来ませんので、その中心になる社会心理について、2点考察します。
 今日、日本社会では少子化の要因として「若者の貧困」がクローズアップされがちなように思えますが、その意見は必ずしも的を得ているとは思えません。若者の貧困が「少子化を加速させている」ことは確かな事実の一つです。しかし上記の資料1を見ると戦後の経済成長し、豊かになり続ける社会の中で一貫して出生率は下がり続けています。「貧困」が出生率の低下の原因であるならば、戦後は豊かになり続けていたのですから、出生率は上がり続けるはずですが現実は下がり続けています。決して豊かとはいえない終戦直後に第一次ベビーブームが生まれたのはなぜなのだろうか?また資料2を見ると経済的に豊かな先進国で「人口置換水準の出生率2.1」を維持できている社会はありません。
 資料2で示されるように家族と子供に対する公的支出が出生率と相関はありますが、それでも人口置換水準に達している先進国はありません。(ここでは少子化とは、「合計特殊出生率が人口置換水準を持続的に下回った状態」をさすものとして定義します。)少子化問題に対して明確な答えを出せた先進国は俺の理解の中ではまだ存在していません。先進国の少子化問題はその国の文化、宗教、民族性、移民、政治など複雑に絡んでくるので一言で語ることは出来ませんので、その点はまたの機会に。)
 少子化の原因の結論を言うと「貧困が少子化の原因ではなく、(逆説的に)経済成長による豊かさが少子化の最大の原因」です。近代化と経済成長によって、人は「効用の最大化」を目指すようになり、それが少子化の根本的な要因です。(効用とは生活水準の向上と生活水準の向上による幸福感と考えればいいと思います。)
少子化の要因
1.「効用(生活水準)の最大化心理」
社会の近代化と経済成長により人は「効用(生活水準)の最大化」を目指すようになるようです。「効用(生活水準)の最大化」といっても抽象的でよくわからないので単純な数値モデルでイメージしてみます。
【近代化以前の社会】
100+αの世帯収入を「父親25 母親15 子供①15 子供②15 子供③15 子供④15・・・さらに子供が増えれば100+α」と割り振るとします。
【近代化、経済成長する社会】
300の世帯収入を「父親70 母親50 子供①90 子供②90」と割り振るようになります。
 「食糧供給の限界という足枷を背負った近代化以前の社会(明治維新以前)」の社会では出生力はさほど高くなく、生活水準の維持のために時には間引きさえ行われていましたが、「食糧供給の足枷が外れた近代化途中の社会(明治維新終戦後)」においては子供は労働力であると同時に、将来お金を稼いでくれて、老後は養ってくれる金の卵とも言える財産でした。「産めよ殖やせよ国家の宝!」「数こそ力なりぃぃ!」の理論で子供をたくさん産んでいたと言えると思います。また乳幼児死亡率も高かったので、それを補うための高出生率という側面もあったでしょう。
 それが時を経て経済成長と共に「量から質へ」転換します。経済的に豊かになりモノやサービスが社会に大量に供給されるようになると人はそれを求めるようになります。マイホームを買ったり、車を買ったり、テレビを買ったり、旅行に行ったりすることを望むようになり、同時に子供も同じように豊かな生活を送らせてあげたいと思うようになります。必然的に効用(生活水準)を最大化させるためには子供の数は減っていきます。子供の効用(生活水準)を最大化させるために「5人子供を産むより、2人産んで出来るだけ高い教育と高い生活水準を享受させてあげたい」と考えるようになります。マイホームも車もテレビも手が届くようになり、旅行も出来るようになりつつある社会(高度成長期〜)で「数こそ力なりぃぃ!」と考えて、マイホームや車に全く興味を示さずに子供を4人も5人も産もうと考える夫婦はどんどん減っていくと考えるのが妥当だと思われます。(これは高度経済成長期だけではなく現代社会にも当てはまります。)戦後の人工妊娠中絶件数の大幅な増加の背景もそこにあると考えられます。しかし、同時期の日本人が(出生率の低下と引き換えに)マイホームや車、家電製品をどんどん購入した内需拡大が高度経済成長の源であったことも事実です。 
 子供に頼らなくても自分自身の収入が増え続けて、また老後は年金などの社会保障を期待できるようになり、「子供が富を生み出す財産」で無くなった経済成長する社会では少子化がスタートします。最近では、この効用最大化心理は「子供は負債である!」という過激な論調さえ作り出しています。(この傾向は先進国全体に程度の差はあれ当てはまると思いますが、特に東アジアの国では顕著なようです。)
 
2.「晩婚化と非婚化」
資料:3 完結出生児数の推移

国立社会保障・人口問題研究所より引用
 「効用(生活水準)の最大化」を目指す社会においては同時に「晩婚化と非婚化」が進みます。晩婚化と非婚化についてはまた長くなりこの場では書ききれませんので、詳しくはまた次のエントリーで考察したいと思います。今回は簡単に考察します。資料:3を見ると完結出生児数(結婚した夫婦が産む子供の数)は低下傾向にありますが、辛うじて人口置換水準の2.1近辺を保っています。結婚した夫婦が2人以上子供を産むのに特殊出生率が1.30前後なのはそもそも結婚をしなくなった」ことが大きな要因です。それが少子化の大きな要因でもあります。

まとめ
 少子化と高齢化は元々因果関係を持たずに独立した事象として戦後の昭和社会の中で徐々に蓄積されてきましたが、1995年頃から「就職氷河期≒若者の貧困≒少子化の加速」という形で徐々に相関関係を持つようになってきたと俺は考えています。 しかし、少子化の根本的な原因は「豊かさと効用最大化心理傾向」です。「貧しさ」ではありません。「若者の貧しさ」が「少子化を加速」させていることは確かな事実の一つですが、若者が豊かになったとしても「少子化の改善」とは必ずしも結びつきません。
「若者の貧しさ≒少子化の加速」「若者の豊かさ≠少子化の改善」
 現在、少子化問題を「経済的要因」と捉える世論がかなりの影響力を持っています。子供手当に代表される「経済が良くなれば子供が増える」という極めて単純な一元的理論はどうなんだろう???もちろん可能な限り若者の経済状況を改善するような政策は大歓迎ですし、社会がどんどんそういう方向へ向かっていくことを望みます。しかしそれが出生率の改善に結びつかない可能性が十分あることは認識しておくべきではないかと考えています。
少子高齢化社会を考える。その4へ続く