蟻の社会科学

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少子高齢化社会を考える。その2〜高齢化社会誕生の背景。終戦後から現在まで〜

その1
少子高齢化社会を考える。その1〜高齢化社会誕生の背景。明治維新から終戦後まで〜
(データは「歴史的に見た日本の人口と家族」](参議院資料〜立法と調査 第260号)から引用、作成しました。)

 1950年頃から日本社会は急速に「少産少死社会+長寿命社会」=「現在の少子高齢化社会」へ突入しましたが、その背景を考察してみたいと思います。長寿命化の原因についてはあえて言及する必要も無いとは思います。少産化の原因は色々ありますので、この場で全てについて言及することは出来ませんので次のエントリーで考察します。一つその原因を言うなら、このブログで何度も言及していますが戦後の日本社会は「個人の自由と権利を尊重する社会」へ大転換したことが急速な少子高齢化社会の思想的根源であると思います。そしてその「自由と権利を尊重する社会」の萌芽期の1948年に「優生保護法」が制定されました。人口ボーナス論の小峰隆夫氏、縄田康光氏も言及していますが「人工妊娠中絶の合法化」である優生保護法の制定が出生率低下の一つの大きな要因であり、現在の急激な少子高齢化の一つのスタート地点だったと思います。 
 「昭和24年(1949)年の人工妊娠中絶数が10万件だったのに対し、昭和28年には100万件を突破し、以後昭和36(1961)年まで年間約104万〜117万件、対出生比で57.2%〜71.6%というきわめて高い水準で人工妊娠中絶が行われた。昭和32(1957)年の出生数157万人に対し、人工妊娠中絶数は112万件であり、両者を足すと潜在的な出生数は団塊出生時と変わらない。」(「歴史的に見た日本の人口と家族」より引用)
 1948年に人工妊娠中絶が合法化されたことは急激な少産化の大きな要因であることは間違いないでしょう。しかし「自由と権利」を重視する社会において、中絶数の大幅な増加は産まない自由、権利」が後押しして避けることが出来なかったことだと思います。それがいいことだったとも悪いことだったとも言えません。ただ一つ俺が問題点と思うことは、中絶が法的に認可されたことは日本社会の中で、「人命に対しての【聖性】が希薄化していく転換点」だったということです。
 古来より日本社会では「間引き」などが行われていましたがそれは不文律で無条件で道徳的に「後ろめたいこと」という社会心理は存在していたと思います。もちろん現在でも中絶に対して不文律で「後ろめたいこと」との認識は強く存在していると思いますが、1948年に優生保護法が制定され、「法的に認可」されたことにより、その後ろめたさが社会の中で幾分希薄化されたことが現在の少子社会の心理的遠因になっていると思います。縄田康光氏も言及していますが宗教的なバックグラウンドを持たない日本社会においては人工妊娠中絶の合法化はさほど難も無く、急速に浸透していったのでしょうか。
 
 え〜、最後にまとめてみます。
①〜明治維新以前
「食料の供給の限界で人口が頭打ちの社会」
明治維新1920年
「食料の限界を超えて多産社会。栄養面などから寿命が短く多死社会。」
1920年頃〜1950年頃
「多産かつ少死社会への転換期」
④1950年頃〜現在
「急激なまでの少産少死、長寿命社会への転換」

 現在の急激な少子高齢化社会は終戦〜1950年頃に日本社会が大転換した影響をモロに食らっている社会だと思います。少子化社会は戦後の「個人の自由と権利を尊重する社会」の成れの果てであり、高齢化社会は「1900年〜1950年頃の日本史上空前の高出生率時代をカタパルトとして誕生した団塊の世代人口爆発期の遺産、最後の人口のボリュームゾーン)が長寿命化により高齢者になる現象」です。言い換えると明治維新以降たったの140年間で人口が3000万人から12000万人に急激に増加した軋み、反動が少子高齢化社会の原因です。現在の少子高齢化社会は社会構造と時代の流れの中で絶対に避けることが出来なかった問題だと思います。日本は世界最大規模、世界最速で超少子高齢化社会に突入するトップランナーですが、他の先進国も程度の差はあれ今後、日本と同じような状況に陥るでしょう。どうすればいいんでしょうかね。
少子高齢化社会を考える。その3へ続く

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