蟻の社会科学

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日本を思考停止させるシステム 総論(仮)(2) 市場原理主義とトリクルダウン理論

市場原理主義wikipediaより一部引用
市場原理主義(しじょうげんりしゅぎ、英: Market fundamentalism)とは、低福祉低負担自己責任を基本にした小さな政府を推進し、政府が市場に干渉せず放任することが国民に最大の公平と繁栄をもたらすと信じる思想的立場。 また発言者の経済哲学によって批判的に軽蔑語として使われることもある。1998年にジョージ・ソロスが著書の中で19世紀におけるレッセフェールの概念のより良い表現として市場原理主義を紹介したことから知られるようになった。
トリクルダウン理論wikipediaより一部引用
トリクルダウン理論(trickle-down theory)とは、「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が浸透(トリクルダウン)する」とする経済理論あるいは経済思想である。「金持ちを儲けさせれば貧乏人もおこぼれに与れる」と主張することから、「おこぼれ経済」とも通称される。現状では、マクロレベルでのパイの拡大が、貧困層の経済状況を改善につながることを裏付ける有力な研究は存在しない。一方、この事への反論から理論的否定がなされ「トリクルダウン仮説」とも呼ばれる。

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金融庁のページより画像を引用)
 社会とはいったい何なんだろうと考えてみる。「政府と企業と家計が経済主体として存在し、市場がその三者を媒介している」のがとりあえず社会のひとつの仮の定義としてみます。
う〜ん、なんというか今の日本社会の中で「政府、企業、家計による市場での円の交換活動が社会を作っている。そしてその「市場での円の交換活動」を活性し拡大することが多くの社会問題を解決する最良の方法だ。」という観念があまりにも強すぎるんじゃないのかなぁと俺は思っています。上記で引用した「市場原理主義」と「経済拡大によるトリクルダウン理論」という観念に社会が囚われすぎているのではないだろうか。(俺が考える市場原理主義は、上記とはちょっと意味が違い「サービスを市場にのみ求めすぎている状態」というニュアンスです。)
 社会に存在する主体が「政府」「企業」「家計」そして「市場」。この観念だけに社会心理が集約されすぎているが故に、
「景気が悪いのは政府のせいだ。政府はもっと景気対策をしろ。」
「企業は正社員の雇用を増やせ、給料を増やせ、政府はもっと雇用対策をしろ。」
「政府はもっと年金を何とかしろ。社会保障を充実させろ。」
「政府が少子化対策を怠ったから少子高齢社会になったんだ。」etc・・・
「家計」からは「政府」と「企業」に対しての怨嗟の声が上がり、「政府」「企業」サイドからは「家計(個人)の努力不足」「自己責任」という声が上がります。そして三者は利害が対立しつつも、「経済成長、景気回復による市場の活性化による富の増大が社会の幸福だ!」と全体的な目指すべき方向性についての意見は合致していると思います。
 え〜しかし、みんながあまりにも多くのことを「政府」や「企業」に期待しすぎているのではないでしょうか?確かに、絶対的に腐敗していく絶対的権力である政府や企業に対しては甘やかすことなく常に厳しい目で批判を行い続けなければいけないでしょう。しかし政府や企業に多くのことを求めることはできません。政府は神様ではありません。むしろ大きな権力は長い時間の中で確実に腐敗していく利権集団となってしまいます。人類の長い歴史を振り返れば「権力が生まれる→時間とともに腐敗する→革命や戦争でリセットされる→また新たな権力が生まれる・・・→以下ループ・・・」という儚い存在です。
 政府は全知全能の神様ではありませんので経済を成長させたり、景気を回復させることは出来ません。出来るならばとっくにしています。雇用対策も社会保障の充実もさほど期待できません。人口減による経済の縮小、少子多老化による社会保障費増大の社会の中で我々は生きて行かなければいけない未来です。その苦しみを政府や企業にぶつけても問題は解決はしないでしょうし、政府も企業も解決する術を持ち合わせていません。「市場」に解決を求め、経済成長や景気回復に希望を託すことも出来ません。なぜなら経済が成長することも景気が回復することも今後の日本社会では難しいからです。今後企業はどんどん海外へ出て行くでしょう。

 政府にも企業にもそして市場にも何も求められないとすれば我々個人はNGOのような組織、またそれを支えるような自発的な活動や思想に何かを求めなければいけない世の中になると思います。「自己責任」という言葉がまかり通る世の中ならば政府や企業、「円」市場に多くの期待をせずに自己責任で自発的に生きていける社会システムを考えなければいけないんだろうなぁと思っています。
あ、ちなみに俺は無政府主義者共産主義者ではありません。政府は絶対に必要な存在だと思っていますが大きな期待もしていないだけです。企業も資本主義に翻弄される存在であって、出来ることに限界があるので過剰な期待は出来ないと思っています。資本主義はメリットとデメリットはあると思いますが、メリットがデメリットを上回っていると思いますし、資本主義に代わる社会システムがあるとは思えませんので総論では資本主義に賛成です。俺は過激な革命戦士的な思想はまったく持っていません。念のため・・・w
 

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